第15話 魔王降臨、董卓の影
玲花が蘇った直後の、明け方の宿舎。
俊樹が関羽たちと今後の対策を話し合おうとしたその時、玲花の紅い瞳がスッと細められた。
「……俊樹さん。外に、まだネズミが一匹います」
玲花が窓の方を指差す。
俊樹の『オモイカネ』ですら、意識を集中しなければ気づかないほどの微弱な気配。おそらく、暗殺失敗を確認して逃げようとしていた見張り役だろう。
「私が処理してきます」
「えっ、玲花?」
俊樹が止める間もなかった。
ヒュンッ。
風を切る音と共に、玲花の姿がその場から掻き消えた。
次の瞬間、窓の外で「ギャッ」という短い悲鳴が上がり、ドサリと何かが落ちる音がした。
窓枠に腰掛けた玲花が、涼しい顔で戻ってくる。その手には、黒装束の男の首が無造作に握られていた。
「ご安心ください、俊樹さん。もう誰も見ていません」
玲花は愛らしい笑顔でそう言い、血のついた手をハンカチで拭った。
その動きはあまりに速く、そして残酷なまでに洗練されていた。眷属化による身体能力の向上は、俊樹の予想を遥かに超えているようだ。
「……すごいな。俺より速いかもしれない」
「ふふ、お褒めいただき光栄です。これも全て、貴方様がくださった力のおかげです」
玲花は男の首をゴミのように投げ捨てると、俊樹の腕に頬を擦り寄せた。
可憐な少女の見た目と、魔物のような戦闘力。そのギャップに、張飛が引きつった笑みを浮かべる。
「へ、へへ……こりゃあ、俊樹の旦那も尻に敷かれねえように気をつけなきゃなんねえな」
「違いない」
関羽も苦笑するが、その目には頼もしい仲間を得た安堵の色があった。
その日の午後。
洛陽の街に、地響きのような轟音が鳴り響いた。
それは雷ではない。数万の軍馬の蹄(ひづめ)の音だった。
「なんだ!? 地震か!?」
劉備たちが宿舎の外へ出ると、大通りを埋め尽くす異様な軍団が目に入った。
獣の皮を纏い、荒々しい殺気を放つ西涼(せいりょう)の騎馬隊。
その中央に、巨大な輿(こし)に乗った一人の男がいた。
肉の塊のような巨体。脂ぎった顔に、欲望にまみれたギョロリとした目。
すれ違う市民を面白半分に斬り捨て、高笑いを上げている。
「ガハハハ! 今日からこの洛陽は俺様のものだ! 逆らう奴は皆殺しにしてやる!」
――董卓(とうたく)仲穎(ちゅうえい)。
宦官たちが宮廷内の争いで混乱している隙を突き、地方軍閥の雄である彼が、圧倒的な武力で都を制圧したのだ。
腐敗した宦官政治が終わったかと思えば、今度は暴力の化身が支配者に取って代わった。
「なんてことだ……。これでは民が浮かばれない」
劉備が拳を震わせて憤る。
目の前で、董卓の兵が若い娘を連れ去ろうとしている。
「やめろ! 娘を放せ!」
「うるせぇ、豚が!」
止めに入った父親が、董卓の兵に槍で突き殺された。
娘の悲鳴が上がる。
「き、貴様らッ!!」
正義感の強い劉備が飛び出そうとするが、俊樹がその肩を強く掴んで止めた。
「放してくれ俊樹! 目の前で民が殺されているんだぞ!」
「今行っても、無駄死にするだけです。相手を見てください」
俊樹の視線の先。
董卓の傍らに、一際異彩を放つ武将が控えていた。
頭には三叉の冠をいただき、手には巨大な方天画戟(ほうてんがげき)。乗っている馬は、全身が
燃えるように赤い名馬・赤兎馬(せきとば)。
その男から放たれる気迫は、関羽や張飛ですら霞むほど圧倒的だった。
「……呂布(りょふ)奉先(ほうせん)。三国志最強の男です」
俊樹がその名を告げると、関羽と張飛の表情が強張った。本能で悟ったのだ。あの男は、次元が違うと。
「あいつと今やり合えば、勝てるかもしれません。でも、軍全体としては負けます。……一旦引きましょう」
俊樹の冷静な判断に、劉備は悔しそうに唇を噛み締めながらも、頷いた。
その夜、俊樹たちは闇に紛れて洛陽を脱出した。
目指すは、反董卓連合軍が集結しつつある酸棗(さんそう)の地。
馬上で、俊樹は背後に遠ざかる洛陽を振り返った。
街のあちこちから火の手が上がり、董卓軍による略奪が行われているのが見える。
(歴史は加速している。……次は虎牢関(ころうかん)の戦いか)
俊樹の胸元で、勾玉が熱く脈打った。
最強の武神・呂布との激突。
そして、連合軍に集う曹操(そうそう)や孫堅(そんけん)といった英傑たちとの出会い。
「俊樹さん」
同じ馬に乗る玲花が、俊樹の背中にピタリと体を預けてきた。
彼女の紅い瞳は、闇の中でも爛々と輝いている。
「あの大男(董卓)も、赤い馬の男(呂布)も……全部、俊樹さんが殺しますか? それとも私が殺しましょうか?」
「はは、頼もしいな。だが、獲物は大きい方がいい。俺たち全員で狩りに行こう」
俊樹は玲花の頭を撫で、前を見据えた。
「行くぞ。新しい時代を作るために」
異世界転生者・佐藤俊樹と、その恋人である吸血姫・玲花。
そして三人の義兄弟。
彼らの本当の伝説は、ここから始まる。
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