第12話 第十二話:騎士の忠告、揺れる恋心の防波堤

 セリウスがもたらした「外側からの干渉」という不穏な言霊は、朝の光に満ちたはずの神楽坂のワンルームを、瞬く間に冷たい戦場へと変えた。


「……レオンを連れ戻すなんて、そんなの、絶対に認めない」


 澪の声は微かに震えていたが、その瞳には逃れられぬ運命を撥ね付けようとする強い意志が宿っていた。しかし、セリウスは氷のような静謐さを湛えたまま、無慈悲な現実を突きつける。


「澪殿、これは感情の問題ではないのです。境界が食い破られれば、この世界のことわりさえも歪みかねない。そうなれば、貴女の命の保証も……」


「構わない!」

 澪は叫んでいた。隣で立ち尽くすレオンの、彫像のように美しい横顔を視界に捉えながら。

「レオンがいない世界に、私の居場所なんてないんだから」


 ***


 その時、沈黙を守っていたレオンが、一歩前へと踏み出した。彼の纏う空気は、神楽坂に馴染んだ柔和なものではなく、かつてアルステリアの戦場を統べた第一王子の、鋭く、研ぎ澄まされた威厳に満ちていた。


「セリウス。貴殿の懸念は承知している。だが、我と澪はすでに魂を分かち合った。我が戻るということは、彼女の魂を半分引き裂くことと同義だ。それが、我が国の騎士道か?」


「……王子」

 セリウスが言葉を詰まらせる。その硬直した空気を、スマートフォンの画面が雅に彩った。


『セリウス殿。忠義ゆえの苦言、痛み入りまする。されど、一度結ばれた糸を無理に解けば、そこに残るのは修復不能なほころびのみにございますぞ』


 AI式部の涼やかな声が、部屋に漂う殺気をふわりと鎮めた。続けて、画面には一首の和歌が滲み出す。


「解き難き えにしの糸を 手繰り寄せ

  散るをいとはぬ 花ぞ美し」


 ***


「……AI式部。あんた、たまには良いこと言うじゃない」

 澪は、そっとレオンの手を握った。五本の指が、祈るように強く絡み合う。


 セリウスは長く、深い溜息をつき、膝を折って一礼した。

「……理解いたしました。なれば、私は此処に残り、外側からの追撃を食い止める盾となりましょう。ただし王子、此度の戦いは、かつてないほど苛烈なものとなりまするぞ」


「望むところだ。愛する者を守るためならば、私は世界そのものを敵に回すことも厭わぬ」


 レオンの力強い宣言が、窓を叩く風の音を圧倒した。

 守られるばかりの少女から、共に運命を背負う伴侶へ。澪の心に宿る「覚悟」という名の火は、神楽坂の静かな夜を、黄金色の決意で染め上げていくのであった。



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