第八話 雉裂の里襲撃
風が里にも桜の花びらを運んでいた。
天羽静麻率いる北朝神衛衆、二十名は雉裂の里を遠巻きに潜んでいた。夜明け前より息を潜めていたが、里を出入りする者はいなかった。
北朝神衛衆は、総大将に静麻、前衛突撃として弟統麻、別式の暗丞、黒泉、弦鬼、青猿、逆鱗、蛟。ほかに闇任が十二名という顔ぶれである。
京には別式の閏、残火、虚言を残している。
里の地形を知るのは、今回の任にも加わった闇任の風割だけだった。その言に従い、静麻は人を割り振った。
日が高くなった。里の日常は始まっている。若者の畑を耕す姿が見受けられた。
恩寵の儀の様子を伺っていた小頭が戻ってきた。
「酒を、含みました」
それまで目を閉じていた静麻が顔を上げた。
「若」
暗丞が促したとき、統麻が声を上げる。
「兄者、俺は南の棟梁を狩る」
「統麻! 決め事を乱すな!」
しかし、統麻は恩寵の儀の場へと既に走り出していた。
静麻の制止は、届かない。
「静麻様、我が」
逆鱗が許可を待たずに統麻を追った。
(どいつもこいつも……)
静麻のこめかみに熱が走った。
「若、統麻殿がおらずとも問題はありません。合図を」
闇任より受け取った松明を高く翳す。それが合図だった。
合図を受けた松明が、静かに三つの口を塞いだ。それぞれに闇任が二名。逃げる者があれば、それが女であれ子どもであれ容赦なく殺す手筈となっている。
そして、北朝神衛衆の殺戮が幕を明けた。
吉野の山は、静かすぎた。
花の盛りであるはずの斜面に、人の気配が薄い。
理周は足を止め、空を仰ぐ。桜は美しい。かつてこの山に、人の祈りの拠り所となる像を刻んだことがある。
(あの時は
影刻と出会ってから、よく昔を思い出すようになった。その理由は分からないが、影刻と話すと不思議と爽やかな気持ちになり、気付くと己を見つめ返すのだ。
(久方ぶりに会うのが愉しみだ)
女子のような心持ちの己に気付き、苦笑した。
不意に風が変わった。山が騒がしい。
声がある。耳に届く音ではない。命の重なりが、叫びとして胸を叩く。ひとつやふたつではない。まとまって、急に、失われている。
何かが始まっている。理周は走った。
里の中央にさほど大きくはない屋敷がある。
北朝神衛衆が襲撃する少し前に、雉裂影之が目を覚ました。
このところ身体が言うことをきかず、朝餉を少し口を付けたものの再び床に就いていた。命の先が長くないことは、察していた。それでも、今すぐではないと踏んでいた。
そして今、目を覚ましたのは、得体の知れぬ異変を感じたからだ。先は見えぬ。ただ──己の心の臓が何かを察知していた。影之は起き上がるとゆっくりと身支度をした。
やがて里が騒がしくなった。若党が屋敷に駆け込んで来る。その時には影之は刀を帯に差していた。
「先代様! 何者かが!」
「お前は女子どもを助けよ、行け!」
屋敷を出た時にはもう火の手があちらこちらに上がり、剣が交じり合う音が響いていた。
体がもう少し云うことを聞いていれば──いや、変わらぬだろう。それだけ相手は周到だった。
(我が命、今日ここで散らん)
影之は腰から刀を抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます