ハンバーグはハンバーグ

風待望

風使いちゃん

ハンバーグはおいしい

その扉が最後に開かれたのがいつのことか、もはや知る者はいない。 内側に満ちているのは光の一粒すらも許さぬ純然たる闇。 循環という概念を失った絶対的な停滞と幾層にも積み重なった忘却の灰が地面を覆い隠し世界の巡りから切り離していた。

生者の足跡が途絶えた真なる未踏の地。 ことわりさえも腐り落ちるような深淵の底。 真なる夜の王が眠ると謳われたその静謐を侵す者は後にも先にも現れぬはずであった。 悠久の眠りを守るべくかつて神々が施したとされる七重の封印。その最奥には天界の輝きすら届かぬ絶――


「――うーわ。最後に開かれたのが何時なのか誰も知らないくらい掃除してないでしょ、ここ」


ズズッ、と重い扉をこじ開け、緑髪の少女がその沈黙モノローグを踏みにじった。


パッと掲げた魔導ライトの光が数千年守られてきたをただのへと無慈悲に引きずり戻す。


「見てよこれ。埃が幾層にも積み重なってて床が見えないレベルなんだけど。受付さん、いくら私が『扱いやすい若手』だからってこんな汚れ仕事回すかなあ……」


若手の風使いとしてダンジョン攻略をこなす彼女はライトを振り回して部屋の惨状を検分し、それから小さく、けれど前向きなため息をついた。


「ま、いいか。一枚目のスタンプカード、記念すべき最後の一つだもんね。誰も訪れたことのない未踏の地って言えば聞こえはいいし初コンプリートの場所としては……うん、特別感があっていいかも!」


彼女はポニーテールをきゅっと結び直し、気合を入れるように自分の頬を叩く。


「よーし。まずは『換気』からだね!」


彼女は手慣れた手つきで杖を構えた。


「えいっ、『お掃除旋風』!」


ゴォ、という音と共に部屋を埋め尽くしていた淀みが巻き上げられ開け放たれた扉の外へと押し出されていった。それはこの部屋に満ちた停滞を「ただの換気不足」として処理する容赦のない新鮮な風だった。


「ふぅー、スッキリした! やっぱり風はこうでなくっちゃ。……あ、ちょうどいい高さの台がある。よいしょっと」


彼女は杖を脇に置くと、その上に腰を下ろした。 首にかけたドッグタグがキィィィィン……と微かな共鳴音を立て始める。



「お、ここチャージ早い。ラッキー。ちょっと休憩していこ」


……グェ~


「あ、お腹鳴った?飴でも食べよっと」


彼女は鞄から小さな飴玉を取り出して口に放り込んだ。 鼻歌まじりに待つこと数分。満タンになったタグの重みを確認すると、彼女はよっこらしょと台から飛び降り、スキップで部屋を後にした。



ダンジョンの出口脇に佇む、簡素な受付窓口。 そこには、このダンジョンの管理者である受付ちゃんが、退屈そうに指で頬を突いていた。


「あ、終わったよー。ちょっと、あそこ掃除してなさすぎ! 埃で死ぬかと思ったんだけど」


「あはは、ごめんごめん。お疲れさま。それじゃあドッグタグ出してくれる?」


文句を言いながら、彼女はドッグタグをカウンターのトレイに置いた。満タンになった魔力が、澄み渡った光を放っている。それは受付ちゃんが手をかざすと手のひらサイズになり、受付ちゃんはそこの最後のマスにスタンプを押した。


「でも、おかげでスタンプ、コンプリート!」


「あら、おめでとう。……っていうか、これなんだか光り方が凄くない?」


「奥に埃っぽい小部屋があってさ。そこ、チャージが爆速だったんだよね」


「へぇ、そんなのあったんだ。まあ、密閉空間だったなら魔力が溜まってたのかもね。じゃあ入り口の受付で二枚目と報酬を受け取ってね。あと私からの『特別清掃手当』。食堂の定食券ね。ハンバーグ定食好きらしいわね。」


「やった! ハンバーグ大好き! ラッキー!」


数千年の沈黙を定食一杯分に換金した彼女は、軽い足取りで入り口のフロアに併設された食堂へと向かっていった。

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