路地裏で人喰い化物を撫でる話

暇人音H型

第1話

そこかしこにゴミが散らかる。

すでに散らかっていたが正しい。

月はすっかり雲間に隠れ、か細い星明かりと点灯を繰り返す街路灯だけがこの路地裏の光。

「吐きそうだ」

猫背気味の顔色の悪い男が一人。

遠くからみるに老人と見間違うであろうほど真っ白の髪を携えている。

白い肌は骨を連想させる。

「はきそうだ」

同じ言葉をうわ言のように繰り返し、のそりのそりと路地を行く。

千鳥足。

右へ左へ。

路地裏の狭い道をふらついている。

ゴミを蹴飛ばし、壁にぶつかり。


ふと男は路地の奥を見つめた。

路地の奥で何かが動いたように見えたのだ。


「飲み過ぎだな。幻覚まで見えてる」

言葉通り男の視界はぐるぐると巡り、回っている。

到底シラフとは程遠いと言える。


男には暗闇の中、何か何本もの鞭のようなものが一人の人間を囲いこんだように見えていた。

男は蠢いたそのナニカを幻覚だと思い込む。

そのような動物を男は知らないし、こんな路地裏に人がいるわけもない。

そういい聞かせる。


そのままフラフラと奥へ。

路地裏の奥の奥へ進む。


丁度男がナニカを見た場所

ゴミ箱の近く。

黒い猫が一匹佇んでいた。


「そりゃそうだ」

男は誰に言うでもなく一人呟く。

自分は随分と酔っていた。

ありもしないものを見るほどに。


「人間、みていたな」

黒猫は男は見つめ、にゃあと鳴くことはなかった。

重く、胸に響くような威圧感のある声。


「やはり俺は相当酔ってる。まさか猫が喋るとは」

はっはっはと男は笑う。

けれど自分の今立っている場所の違和感に気が付く。


コンクリートの固い感触はなく、ぐちゃりと泥の上に立っているような感触を男は足元から感じる。

雨ひとつ降っていないというのに、男の足元には赤い水たまりが広がっているのだ。

血だまり。

男の足元には臓物が散らばっている。


「運がなかったな、愚かな人間」

黒猫は男にそう告げる。


瞬間。

黒猫の身体は無数に裂け、複数の鋭い刃のような触手へと変貌する。

その触手は黒い毛に包まれている。

触手からは酸を帯びた煙が立ち込めている。

同時に大きく広がり、人の背丈を優に越えるほどの巨体と化した。

無数の刃がせまるその瞬間。


男はその光景を目の当たりにすることなく、ありったけを吐き出した。

「おぇぇ"ぇぇ"げぇ、ごほ」

男は足元の血だまりにも気が付いてはいない。

そもアルコールを含んだ身体が限界を迎えただけである。

「うぇぇえ」

人目も憚らず、化物目も憚らずに男は吐き続ける。


「勿体ねぇ、吐いたら飲んだ分無駄になる」

肩で息をしながら男は意味不明の持論を呟く。


「人間」

数分前まで黒猫だった化物ものが男に語りかける。


「んだよ、たんま。それどころじゃ、うぷ」

男はまだ吐き出す。


「我を見て何も感じぬのか」

男はその化物を見て告げる。

「毛むくじゃらで可愛いじゃん。よしよし」

酸にまみれている化物の触手を撫でる。

じゅっという音の後、男の手の平がゆっくりと溶ける。

それでも酔った男は気が付かない。

「モフモフじゃーん。可愛い可愛い」


「か、かわ!?我が?」

「可愛い。あ、ごめ」

化物を撫でながら、男は化物に向けてそのまま嘔吐した。


化物は男の吐瀉物を気にする様子もなく1人「可愛い?我が」と呟いていた。

男はそのまま意識を闇へ手放した。



次に男が目を覚ましたのは自室だった。

ベッドの上に転がりこむように倒れていた。

随分ととんでもない夢をみたと男は思ったが、どうにも口が酸っぱい。

胃の中は空っぽで、頭もいたい。

どうにもおかしなことばかりだと男は首をかしげる。

ふと自分の右手を見ると酷く焼けただれている。

「指紋なくなってるじゃん。俺何したんだよ昨日」

男は昨日のことが全く思い出せない。


「人間」

ふいに可愛らしい声が背後から聞こえる。

男が振り返るとそこには1人の少女がいた。

黒髪を携えたツインテール。前髪はまっすぐに整えられ、サイズの合っていない男のTシャツを着ている。

下ははいていない。


「あの、どちら様?」

「覚えとらんのか、つまらん奴だ」

そう告げる少女は一本の触手をふわりと出して見せた。


「可愛いんじゃろ、我は」

そう言って少女は微笑んで見せた。

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路地裏で人喰い化物を撫でる話 暇人音H型 @nukotarosu

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