才能ゼロと蔑まれた青年が妻を蘇らせる為、最強の固有スキル「確定成功」に目覚め、義母と禁忌の蘇生術を極める~人間、辞めました~
しーば4
第1話 虚ろな器と黒い棺
夢を見た。 どこまでも続く、白い灰の砂漠だ。
僕は走っていた。
息を切らし、足をもつれさせながら、必死に前をゆく背中を追いかけている。
リザリィ。
愛しい、僕の妻。
彼女は楽しそうに笑いながら、軽やかに砂丘を越えていく。
その銀色の髪が、風にさらさらと靡いている。
「待ってくれ、リザリィ!」
手を伸ばす。
指先が彼女の衣の端に触れそうになる。
彼女が振り返る。
「カイ、こっちよ」
鈴を転がしたような声。
愛おしさが胸を締め付ける。
けれど、 振り返った彼女の顔には、目も、鼻も、口もなかった。
つるりとした、肉色の「何か」が、僕に向かって笑っていた。
「――っ!?」
叫び声と共に、僕は跳ね起きた。
心臓が早鐘を打っている。
背中は寝汗でぐっしょりと濡れていた。
荒い呼吸を繰り返しながら、僕は薄暗い部屋を見渡す。
そこは、いつもと変わらない僕の部屋だった。
黴臭い壁、粗末な木のベッド、そして枕元に置かれた一冊の日記帳。
「……夢、か」
僕は震える手で汗を拭うと、枕元の日記帳を引き寄せた。
革の表紙は手垢で飴色に黒ずんでいて、それが妙に安心感をくれる。
ページを捲る。
そこには、僕の文字で、リザリィとの幸せな日々が綴られていた。
『X月X日。リザリィと市場へ行った。彼女は赤い木の実を欲しがった。子供みたいにはしゃぐ姿が可愛かった』
文字を目で追うと、ふっと口元が緩む。
ああ、そうだ。
あの時の彼女の笑顔、今でもハッキリと思い出せる。
太陽みたいに明るくて、可愛くて……。
僕は重い体を起こし、身支度を整えて外に出た。
街は今日も、鉛色の空に覆われていた。
石畳の路地には、湿った風が吹き抜けている。
路肩で野菜を売っている老婆の前を通り過ぎる。
老婆は僕の顔を見ると、露骨に顔をしかめて隣の客に耳打ちをした。
「見なよ、あれが『ゼロ才』だよ」
「ああ、あの噂の……。才能がないくせに、プライドだけは高い。」
「良い嫁さんもらってたな。結局逃げられて、街に帰ってきたんだろ?」
くすくすという嘲笑が、背中に突き刺さる。
僕は聞こえないふりをして、足早に通り過ぎた。
いつものことだ。
慣れている。
この街では、成人の儀で授かる「スキル」が全てだ。
有用なスキルを持つ者は尊敬され、そうでない者は見下される。
僕のスキルは「成功率を倍にする」らしいが、何をどう試しても成功したためしがない。
ゼロに何を掛けたって、ゼロにしかならない。
だから「ゼロ才」。
実に的を射た悪口だ。
俯いて歩いていると、突然、大きな影が僕の前に立ちはだかった。
「カイ」
低く、厳格な声。
顔を上げると、鈍色の鎧に身を包んだ大男が立っていた。
街に駐屯している聖騎士団の長、カシムだ。
「……何の用だ」
僕は露骨に嫌な顔をした。
この人は苦手だ。
いつも僕を監視するような目で見てくる、お節介なやつ。
親しい仲でもないのに、なぜか僕の生活に干渉してくる「つきまとい」みたいな男だ。
「顔色が悪いぞ。ちゃんと飯は食っているのか」
「放っておいてくれ。あんたには関係ないだろ。」
「カイ、お前が辛いのは分かる。だが、いつまでも過去に囚われていては……。」
「過去?」
僕は鼻で笑った。
「リザリィは僕の中で生きている。日記を読めば、いつでも会えるんだ」
カシムの太い眉が、ぴくりと動いた。
その瞳には、憐れみとも、焦燥ともつかない複雑な色が宿っている。
「日記、か。……まだ、書いているのか」
「ああ。あんたが勧めたんじゃないか。」
「ああ?……そうだったな。だが、カイ。書かれていることが全て真実とは限らんぞ。人の記憶というものは、時に都合よく書き換えられる」
「は? あんた何を言いたいんだ」
僕は苛立ちを隠さずに言い放った。
「リザリィを忘れろってことか!?」
「そうではない。ただ、目の前の現実を……。」
「もういい!」
僕はカシムの肩にわざとぶつかるようにして、その場を去った。
背後から、深いため息が聞こえた気がしたが、無視した。
あのお節介な大男は何も分かっていない。
僕とリザリィの記憶。 誰にも邪魔はさせない。
逃げるようにして家に帰った僕は、鍵をかけ、部屋の隅で膝を抱えた。
窓の外はもう真っ暗だ。
孤独が、黒い澱のように胸に溜まっていく。
「リザリィ……会いたいよ……。」
日記のページを指でなぞる。
そこにあるのは文字の羅列だけ。
彼女の体温が、匂いが、声が恋しい。
その時だった。
コン、コン。
静寂を破る、控えめなノックの音が響いた。
僕は顔を上げた。
こんな時間に、誰だ? またあの堅物騎士だろうか。
僕は警戒しながら、ゆっくりと扉を開けた。
そこに立っていたのは、見たこともないほど美しい女性だった。
艶やかな黒髪を無造作に束ね、喪服のような漆黒のローブを纏っている。
切れ長の瞳は妖しく光り、熟した果実のような唇が、蠱惑的な笑みを浮かべていた。 年齢は三十代半ばだろうか。
むせ返るような色香と、どこか懐かしい母性が同居している。
「……どなたですか?」
見惚れていた僕は、慌てて尋ねた。
女は、ふわりと甘い香りを漂わせながら、一歩前に進み出た。
「初めまして、カイさん。私はセレーネ。……リザリィの、母です」
心臓が跳ねた。
リザリィの、お母さん?
「嘘だ。リザリィは、母親は死んだと……。」
「ええ、そう伝えていたでしょうね。あの子は私を憎んでいたから」
セレーネと名乗った女は、寂しげに目を伏せた。
その仕草があまりにもリザリィに似ていて、僕は言葉を失った。
「カイさん。今でもあの子を愛していますか?」
「…?……ええ、勿論ですよ。」
一瞬、何かを言いたげな表情で僕を見ると、彼女はこう言った。
「もしも……。あの子を蘇らせることが出来るとしたら、貴方はどうしますか?」
蘇らせる?
リザリィを?
不可能だ。
そんなの奇跡でもなけりゃ、いや、神の御業でもなけりゃ無理だ。
僕のそんな気持ちを悟ったのか、彼女はこう続けた。
「ええ、信じられないでしょうね。でもね、私達一族の秘伝、古の禁呪を使えば、あの子は還ってくるの。私と一緒に、あの子を迎えに行かない?」
彼女はそっと僕の手を取った。
その手は冷たく、そして柔らかかった。
僕は混乱していた。
突然現れた見知らぬ女。
死者蘇生なんて、お伽噺のような話。
信じられるわけがない。
拒絶しようと、彼女の手を振りほどこうとした時。
僕の視線が、彼女の左手に釘付けになった。
左手の薬指。
そこに、銀色の指輪が嵌められていた。
絡み合う蔦を模した、特徴的なデザイン。
中央には小さな赤い宝石が埋め込まれている。
そしてそれを嵌め込まれているのは、彼女の髪とそっくりな銀色の台座。
――あれは。
電流が走ったように、脳内の霧が晴れる。
日記の記述が、鮮明に浮かび上がった。
『X月X日。リザリィが言っていた。この指輪は私の宝物。世界に一つだけの、お祖母様の形見。』
間違いない。
あれは、日記に書かれていた指輪だ。
「……その指輪」
僕の視線に気づいたのか、セレーネは嬉しそうに指輪を撫でた。
「ああ、これ? 分かるのね。……思い出してくれた? これは……今となっては、あの子の形見だけれど」
悲しそうな、それでいて嬉しそうな表情で指輪を眺めている。
「……信じます」
僕は彼女の手を握り返した。
日記の特徴と一致した。
それだけで十分だった。
「義母さん……。僕を、連れて行ってください」
「ええ、行きましょう」
義母さんは、とろけるような笑みを浮かべて僕の手を引いた。
「荷物はこれだけよ」
義母さんが指差した先には、家の前に置かれた大きな棺があった。
木で作られた、禍々しい棺。
全体に幾重もの鎖が巻き付けられ、その上から赤い染料で、びっしりと不可解な呪文が書き殴られている。
「こ、これは……?」
「あの子の蘇生には、魂の入れ物が必要なの。『虚ろな器』」
義母さんは愛おしそうに棺を撫でた。
「これを貴方に背負ってほしいの。リザリィの愛する夫である、貴方に。」
僕は唾を飲み込み、その黒い塊に近づいた。
魂の入れ物……。
まさか、リザリィの遺体? リザリィがこんな近くに? 僕は目頭が熱くなるのを堪えることが出来なかった。
だが、女性の身体とはいえ、僕に持ち上げることが出来るのだろうか?
いや、出来る出来ないじゃない。
やるんだ。
覚悟を決めて、棺に手をかけ、一気に持ち上げた。
「……ん?」
拍子抜けするほど、軽かった。
「義母さん、これ……軽いですね?」
僕は思わず振り返った。
義母さんは、特に気にした様子もなく、流れるように歩き出していた。
「そう? さあ、急ぎましょう」
何故か置いて行かれそうな気配を感じ、僕は背中の棺を担ぎ直した。
その時。
『ズズ……』
耳元で、奇妙な音がした。
棺の中からだ。
濡れた雑巾を引き摺るような、あるいは生肉同士が擦れ合うような、粘着質な音。
「ひっ!?」
僕は思わず声を上げた。
背筋に冷たいものが走る。
今、中で何かが動かなかったか?
「どうしたの? カイ」
前を歩く義母さんが振り返る。
濡れたような瞳が、僕を射抜く。
その妖艶な微笑みに、僕は思考を奪われた。
「い、いえ……なんでもないです」
僕は首を振った。
気のせいだ。
疲れているんだ。
美しい義母さんと、愛するリザリィの入った棺。
僕の世界には、もうそれだけでいい。
僕は棺のベルトをきつく締め直し、義母さんの背中を追って歩き出した。
曇天の空から、冷たい雨が落ちてきた。
【カイの日記】
『X月X日。子供みたいにはしゃぐ彼女の笑顔は太陽の様だ。ああ、何て幸せなんだ彼女さえいれば僕は何も要らない』
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