第3話 外に出てはみたけれど

 もう10月なのに、夏としか思えない日射しが全身をつらぬく。身体がとろけそうな残暑に、誰もが顔をしかめる。その様子をカフェを出て街を歩く花凛かりんのトートバッグの中から時々身を乗り出し、こそこそ眺めながら思う。暑さなんて感じないぬいぐるみでよかったと。


 あれから何度か花凛は街へ俺を連れ出してくれた。彼女一人のときもあれば、伊織莉いおりと二人のときもあった。無茶なお願いを聞いてくれるあたり、この子はやっぱり優しい子なんだと思う。もっとも、刃物を向けられたことは忘れないけど。


 今日は人通りの多い駅前のカフェに行き、窓側のカウンター席に花凛が座って、本を読んで過ごした。俺はトートバッグから自然な体勢で身を乗り出し、外の景色や人々を眺めた。


 けれど、さっぱり何も思い出せなかった。心に引っかかるような情報すらない。何かを見たり聞いたりしたくらいでは、何も思い出せないかもしれない。


 何度か外へ連れていってもらっているけれど、今のところ何の収穫もない。トートバッグの中から、花凛の様子を眺める。全然記憶が戻らない俺のことを、どう感じているんだろう。そろそろ怒られそうな気がする。


「花凛ちゃん!」


 唐突に呼びかけられ、花凛が振り向く。


結希ゆきちゃん! うわー、久しぶり! 元気だった?」


 花凛に声をかけて走り寄ってきたのは、小学生くらいの女の子だった。くりくりした目が印象的で、かわいらしい子だと思った。愛くるしいと言った方がいいかもしれない。いや、愛おしいという言葉の方が近いかもしれない。


「うん。花凛ちゃんも」

「元気だよー。一年ぶりくらいかなあ。大きくなって」

「そんなに変わってないよー」


 言葉を交わす二人。


「結希、知り合い?」


 彼女の後ろにいた女性が声をあげた。男女の二人が歩み寄ってくる。ご両親だろうか。


「うん。花凛ちゃん」


 結希がご両親らしき二人に説明する。どうしてだろう。理由は自分でもまったく分からないけれど、この二人を見ると気持ちが落ち着かなくなる。言いようのない嫌悪感を抱いてしまう。


「こんにちは。お世話になってます」


 挨拶をする花凛。


「いえいえ、こちらこそ。結希と仲良くしてあげてください」


 同じく挨拶をする母親らしき女性。


「あ、花凛ちゃん、そのクマさん」


 結希が俺に気付いた。心臓が止まる思いがする。心臓なんてないけど。もしかして、動いているのがバレたのか。


「そ。大事にしてるんだよ。今日も外に連れていってたの」

「そうなんだ」


 笑顔の結希。かわいいな、この子。


「結希ちゃんは、お出かけ?」

「うん。お買い物。またね、花凛ちゃん」

「うん。またね」


 手を振って結希は三人で駅の方へと歩いていく。


 その後ろ姿を笑顔で見つめる花凛だったが、うーんと呟くと小首を傾げた。何か気になることでもあるのだろうか。さすがに街中で声をかけるわけにもいかない。トートバッグの中でぬいぐるみのふりをしながら、俺は揺られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る