第8話「嫉妬する王子と豊作の宴」
アレクセイ王子による「条件付き農作業許可」が出た翌日、ルカは特別農耕区画へと足を運んだ。もちろん、背後には影のように寄り添う王子の姿がある。
現場に到着したルカは、目を丸くした。
そこには、すでに数十人の兵士たちが集まり、整列していたからだ。
「あ、あの……これは?」
ルカが困惑して振り返ると、アレクセイは不機嫌そうに眉間のしわを深めていた。
「お前の負担を減らすための労働力だ。重い荷運びや土おこしはこいつらにやらせろ」
「ルカ様! いえ、ルカ殿!」
一人の兵士が進み出て、ビシッと敬礼した。先日、トマトスープを飲んで古傷が治ったと泣いて喜んでいた古参兵だ。
「我々にお任せください! ルカ殿の作る野菜は、我々の命綱です。その栽培のお手伝いができるなら、剣をクワに持ち替えることも厭いません!」
「お、大袈裟ですよ……」
ルカが苦笑する間もなく、兵士たちは手際よく動き始めた。
巨大化したトマトの収穫、暴走気味に伸びたツルの剪定、畝の整備。彼らの動きは統率が取れており、まるで軍事作戦のようだ。
ルカがやることと言えば、彼らに指示を出し、時折植物の様子を見て魔力の通り具合を確認することくらいだった。
「これ、カブですね。もうこんなに大きくなって」
ルカが白いカブの葉に触れようとすると、横からスッと伸びてきたアレクセイの手が、ルカの手首を掴んで止めた。
「触るな。土で汚れる」
「ええっと、軍手してますし……それに、収穫くらい自分で」
「ダメだ。見ていろ」
アレクセイはルカを後ろに下がらせると、自ら純白の軍手(最高級シルク製と思われる)をはめ、巨大なカブの葉を掴んだ。
総司令官である王子が、泥にまみれてカブを抜く。
そのシュールすぎる光景に、周囲の兵士たちは固まっていたが、アレクセイは気にする素振りもない。
『うんとこしょ』、という掛け声などは一切なく、彼は涼しい顔で、しかし強靭な腕力で一気にカブを引き抜いた。
ボコンッ! と地面が揺れ、子供の頭ほどもある巨大な白カブが姿を現す。
「……でかいな」
「すごい! 殿下、すごいです! 傷一つつけずに根っこまで綺麗に!」
ルカが思わず拍手して称賛すると、アレクセイは「ふん」と鼻を鳴らしつつも、口元を緩めた。
「これくらい造作もない。……おい、そこのお前。ルカに近づきすぎるな。受け取りは俺がやる」
収穫した野菜を受け取ろうと駆け寄ってきた若手兵士を、アレクセイは鋭い眼光で牽制する。
その瞳には、明確な嫉妬の炎が燃えていた。
ルカの作った野菜ですら、他人が無遠慮に触れるのが気に入らないらしい。
「殿下、彼らは手伝ってくれているんですから、そんなに睨まないでください」
「俺以外の男がお前に感謝の視線を向けているのが不愉快だ。お前は俺だけのものだと言ったはずだ」
アレクセイは小声でつぶやくと、ルカの腰を抱き寄せ、これ見よがしに兵士たちに見せつけるように所有権を主張した。
兵士たちは気まずそうに目を逸らしたり、天井(空)を仰いだりしている。
彼らの心の中は「ご馳走様です」と「早く野菜スープ飲ませてくれ」で一致していたことだろう。
その日の夜、砦の広場ではささやかな、しかし盛大な宴が開かれた。
メインディッシュは、ルカの畑で採れた野菜をふんだんに使った煮込み料理だ。
カブとベーコンのポトフ、トマトとチーズの焼き物、新鮮なサラダ。
どれもこれも、通常の食材とは一線を画す魔力を帯びている。
「うめぇぇぇ!」
「野菜ってこんなに甘かったのか!?」
「力が……力が湧いてくるぞぉぉ!」
兵士たちの歓声が夜空に響く。
殺伐とした最前線の砦とは思えないほど、和やかで活気のある空気が満ちていた。
アレクセイの天幕のテラスからその様子を眺めていたルカは、温かいスープが入ったカップを両手で包み込みながら、ほうと息をついた。
「みんな、喜んでくれていますね」
「ああ。士気も上がった。これで魔物の活動が活発になっても十分に対応できるだろう」
アレクセイは隣でワイングラスを傾けている。もちろん、中身はルカ特製の野菜ジュースと最高級ワインのカクテルだ。
「ルカ、お前は本当に不思議な男だ」
「そうですか? ただの野菜好きですよ」
「ただの野菜好きが、軍を救い、王族を魅了し、こうして荒野に楽園を作るか? ……お前のその『豊穣』の力は、国宝級だ」
アレクセイはグラスを置き、ルカの手を取った。
冷たい夜風の中で、彼の手の温かさが心地よい。
「だが、俺にとっては国益などどうでもいい。お前が笑っていてくれれば、それでいい」
甘い言葉と共に、アレクセイの顔が近づいてくる。
ルカは目を閉じ、そのキスを受け入れた。
広場からの喧騒が遠のき、二人だけの世界に浸る。
しかし、その幸せな時間の裏で、ルカの体にはある異変が進行していた。
キスをされた瞬間、体の中から急速に何かが吸い取られていくような、強烈な目眩(めまい)を感じたのだ。
「……んッ」
「どうした?」
アレクセイが唇を離し、心配そうに覗き込む。
ルカは足元の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。
「あ、あれ……? なんか、急に力が……」
「ルカ!」
アレクセイの腕に支えられ、ルカの意識は急速に暗転していった。
遠くで兵士たちの笑い声が聞こえる中、ルカは自分のお腹の中で、小さな光が「もっと、もっと」と輝いているのを感じていた。
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