第5話「ドラゴンのある生活」
ベル(本名ヴァルニグ)が農園に居着いてから、俺の生活は激変した。
まず、畑の規模が爆発的に拡大した。
ベルは図体はデカいが、意外と手先(?)が器用だ。
鋭い爪は、硬い岩盤を掘り起こすのに最適な農具となる。
「おいベル、そこの岩邪魔だからどかしてくれ」
『人使イノ荒イ奴メ……』
文句を言いながらも、ベルは尻尾の一撃で巨岩を粉砕し、更地にしてくれる。
俺が一日かかっていた開墾作業が、数分で終わる。
まさに重機だ。
生きる重機。
そして、さらに重要なのが「肥料」だ。
ドラゴンの排泄物――まあ、うんちなのだが――は、凄まじい魔力の塊だった。
最初は処理に困ったが、試しに発酵させて畑に撒いてみたところ、作物の成長速度が三倍になった。
しかも、病気への耐性も格段に上がり、害虫も寄り付かなくなった。
ドラゴンの匂いがついた作物を食おうとする命知らずな虫はいないということだ。
「ベル、お前最高だよ。最強の益獣だ」
『複雑ナ気持チダガ……マア、褒メラレテ悪イ気ハシナイ』
ベルは満更でもなさそうに鼻を鳴らし、収穫したばかりの「爆裂カボチャ」を齧っている。
このカボチャも新品種だ。
硬い皮の中に、ホクホクの実が詰まっていて、食べると筋力が向上する効果がある。
ベルはこれが大好物で、最近では鱗の艶が良くなったと喜んでいる。
「さて、今日は新しいエリアに手を出すか」
俺とベルの協力体制により、農園は谷を一つ埋め尽くすほどの広さになっていた。
畑だけでなく、果樹園も作った。
魔力を帯びたリンゴやブドウが、たわわに実っている。
水路も引いた。
ベルがブレスで地面を溶かして作った溝に、地下から汲み上げた水が流れている。
死の荒野と呼ばれた場所は、今や緑の楽園と化していた。
「ここなら、どんな作物でも作れる気がする」
俺は充実感に浸りながら、広大な畑を見渡した。
しかし、問題が一つだけあった。
「作りすぎた……」
収穫量が、俺とベルの消費量を遥かに上回ってしまったのだ。
倉庫代わりに作った洞窟も、すでに野菜で満杯だ。
腐らせるにはもったいないほどの高品質な作物たち。
これをどうにかしなければならない。
「ベル、お前もっと食えないか?」
『無理ヲ言ウナ。我ニモ限度ガアル。最近少シ太ッタ気ガスルシ……』
ドラゴンがダイエットを気にする時代か。
どうしたものかと思案していると、ベルが急に空を見上げた。
『……客ダゾ、カイ』
「客?」
『人間ノ匂イダ。一人……イヤ、死ニカケテイテ、匂イガ薄イ』
ベルが視線を向けた先、荒野の彼方を見る。
陽炎の向こうから、よろよろと歩いてくる人影があった。
ボロボロのローブを纏い、足取りは覚束ない。
数歩進んでは倒れ、また立ち上がる。
どう見ても遭難者だ。
「助けないとな」
俺は水筒とトマトを持って走り出した。
ベルは面倒くさそうに欠伸をしながら、俺の後ろをついてくる。
人影に近づくと、それが女性であることがわかった。
長い耳。
金色の髪。
エルフだ。
彼女は俺の姿を見ると、何かを言おうとして口をパクパクさせ、そのまま糸が切れたように崩れ落ちた。
「おい、しっかりしろ!」
俺は駆け寄り、彼女を抱き起す。
体は驚くほど軽く、そして熱い。
ひどい脱水症状と、何かの病気にかかっているようだ。
顔色は土気色で、唇はひび割れている。
「水を」
俺は水筒の水を少しずつ口に含ませた。
クリスタル・メロンから抽出した、栄養価の高い水だ。
喉が鳴り、彼女が必死に水を飲む。
しばらくすると、うっすらと目を開けた。
翡翠のような緑色の瞳が、ぼんやりと俺を映す。
「こ……こは……天国……?」
「残念ながら、まだ現世だ。ここは俺の農園だよ」
「のう……えん……?」
彼女は信じられないといった様子で周囲を見た。
視界に広がる緑の畑。
たわわに実る果実。
そして、その背後に鎮座する巨大な黒いドラゴン。
「ひっ……!」
ベルを見て悲鳴を上げようとしたが、声が出ずに咳き込む。
「大丈夫だ、あいつはペットみたいなもんだ」
『ペットデハナイ。パートナーダ』
ベルが不服そうに訂正するが、エルフの女性には聞こえていないようだ。
俺は懐から魔蜜トマトを取り出した。
「これを食え。元気になるぞ」
彼女は躊躇したが、トマトの放つ甘い香りに抗えなかったらしい。
震える手でトマトを受け取り、一口齧った。
その瞬間。
彼女の瞳孔が開いた。
「っ!?」
カッと目を見開き、ものすごい勢いで残りを平らげた。
そして、奇跡が起きた。
土気色だった肌に瞬く間に血色が戻り、カサカサだった髪に艶が戻る。
荒い呼吸が整い、体の熱が引いていく。
「な、なにこれ……魔力が、溢れて……!」
彼女は自分の手を見つめ、信じられないという顔で俺を見た。
「貴方は……一体……?」
「俺はカイ。ただの農家だ」
「農家……? これが、農家の作るもの……?」
彼女は立ち上がった。
先ほどまでの死にそうな様子が嘘のように、しっかりとした足取りだ。
「私はリゼ。行商人をしています。……カイさん、お願いがあります」
リゼは真剣な眼差しで、俺の手を握りしめた。
「この野菜を、私に売らせてください! これがあれば、世界が変わります!」
その目には、商人の魂に火がついたような、強烈な光が宿っていた。
こうして、俺の農園に最初の「人間(エルフだけど)」の客が訪れ、そして俺の作る野菜が世界へと羽ばたくきっかけが生まれたのだった。
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