第6話 滅びの未来

 西暦2025年7月。


 後に「イーター」と呼称される正体不明の怪物が世界各地に出現した。不死に近い性質を持ち人類を捕食するイーターに抗う術はなく、世界は瞬く間に滅亡の危機に追い込まれた。


 同年末。


 日本・東京において、「救世の聖女」が覚醒する。彼女の生み出す粒子状の物質は、イーターにとって致命的な「毒」として作用し、この粒子を用いた兵器が人類にとって唯一の対抗手段となった。


 やがてイーターを生み出す元凶固体『女王クイーン』の存在を突き止めた人類は、女王討伐の最終作戦を敢行。女王の討伐には成功するものの、イーターの根絶には至らず、またこの戦いで人類の大半が死滅。「救世の聖女」も戦死するなど、大きな痛手を被った。


 それから100年。


 僅かに生き残った人類は今も、イーターの脅威に晒されながら、細々と命を繋ぎ続けている。


 「救世の聖女」の力を受け継ぎ、イーターと戦う少女――「桜花戦士」の守護のもとに。



 愛理たち4人の少女がその桜花戦士の一員であり、任務中にイーターの襲撃を受けている斗悟を発見したため保護してくれた……というのが今の状況らしい。


「………………」


 彼女たちが教えてくれたこの世界の「歴史」は、正直、斗悟には遠い世界の作り話のようにしか思えなかった。


 とてもではないが、かつて自分がいた世界の延長線上にここがあるとは思えない。しかもその始まりは、自分がロイラームに旅立った直後に起きていたなんて。


 だがいくら信じられないと嘆いたところで、目に映る光景は変えようがない。


 斗悟は確かに、自分の世界に帰ってきた。だがそこは、化け物が廃墟を闊歩し、人類は滅亡に瀕した絶望の未来だった。


 100年後の世界に、斗悟を知る者は誰もいない。


 そして何より――


 桜夜も、もうどこにもいないのだ。

 

 斗悟は心底から打ちのめされていた。



 何をする気力も起きない。考えることすら億劫


 突き付けられた残酷な現実の前に、ただ呆然と項垂れるしかなかった。


 斗悟は愛理たちが乗ってきた装甲車の輸送スペースに残されている。外では4人の少女が、先ほどこの輸送スペースから運び出した見たことのない機械を展開して何かの作業を行なっているが、気にもならなかった。


 コンコン、と扉を叩く音がした。


「斗悟。入ってもいいかな? 入るよ?」


 呼びかけの後、ガチャリと音がして扉が開き、外から愛理が入ってきた。


「ここも結構暑いな。ノドが渇かないか?」


 愛理は斗悟の隣に腰を下ろし、2つ持っていた筒状容器の1つを斗悟に差し出す。


 斗悟が受け取ると、愛理は自分の容器を開けて中身を飲んだ。促すように微笑みかけられ、斗悟も彼女を真似て飲料を口にする。


 昔飲んだスポーツ飲料に似た味だった。柑橘系の爽やかな酸味が喉に染み込む。


 水分を補給して初めて、自分の体が相当に渇いていたことを知った。一気に飲み干して大きく息をつく。


 ……そういえば、まだ彼女にまともにお礼を言っていない。


「ありがとう。飲み物も……助けてくれたことも、ちゃんとお礼を言ってなかった」


「気にしなくていい。君も大変だったんだろう」


 互いの事情を話す中で、同い年だと分かったからか、いつのまにか愛理の敬語は外れていた。しかしその喋り方はなんだか勇ましくて、雰囲気も桜夜とは違う。


 どれだけ似ていても、やはり愛理は桜夜とは違う人間だ。……或いは子孫、なのだろうか?


「もう少し待っていてくれ。私達が任務を終えたら一緒に桜都おうとに帰ろう。行くあてがなければ、上司に相談してみるから」


 桜都というのが、人類に残された最後の都市の名だ。イーターの侵入を防ぐ結界で守られており、中は安全なのだという。


「……君はオレの話を信じてくれたのか?」


 斗悟がこの世界の有り様を受け入れ難いのと同じように、愛理たちも、『100年前の日本出身で異世界帰りの元勇者』という冗談みたいな斗悟の経歴を、簡単に信じてくれるとは思えない。


 案の定、愛理は一瞬言葉を選ぶように目を泳がせてから言った。


「……申し訳ないけれど、今すぐに君の話を全て鵜呑みにすることはできない。私が持つ知識だけでは真偽を判別できないからだ」


「そうだよな。わかってる。オレ自身疑ってるくらいだ。オレはもうとっくにおかしくなっていて、ひょっとしたら、自分が記憶だと思っているものは、全部頭の中で生み出した妄想なんじゃないかって」


「君とはまだ少ししか話をしていないけれど、混乱はしていても、錯乱しているようには思えない。落ち着いた場所でもっとゆっくり話を聞くよ。だからそんなに塞ぎ込まないで。不安だろうけど、大丈夫。私たちは君の味方だ」


 愛理が優しく微笑む。


 彼女の思いやりが心に染みて、斗悟は思わず「なぜ君はオレにそんなによくしてくれるんだ」と問いかけていた。


 その裏にはあるのは、捨て切れない願望だ。


 やはり愛理は桜夜なのではないか、と。


 斗悟が時を越えてここにいるのだから、同じことが桜夜にも起きたのではないかと――そんな夢物語が、未練がましく頭の片隅に湧き上がってくる。


 しかし、愛理の答えは。


「君が何者なのか、君の身に何が起きたのか、私にはわからない。だけど、少なくとも君が深く傷ついていることは本当だと感じた。だから、力になりたいと思ったんだ」


「……!」


 彼女は、彼女にとって斗悟が特別な存在だから優しいわけではなかった。目の前に傷ついている者がいたら手を差し伸べる――それは愛理には当たり前のことなのだ。


 もしも、苦しんでいるのが斗悟ではない別の誰かであったとしても、きっと愛理は、同じように優しく寄り添っていたのだろう。


 そう理解するのと同時に、斗悟の中に、彼女に桜夜の影を重ねようとしたことを恥じる気持ちが生まれていた。それは、夕凪愛理という心優しい少女の人格を軽んじていることになるのではないか、と。


 感謝なのか、或いは謝罪か、彼女へ返す言葉を探していたとき、


 バン! 


 と乱暴に扉が開いて、3人の少女が飛び込んできた。


「愛理! 大変だ!」


「蓮。なにがあったの?」


 真っ先に愛理のもとに駆け寄ったショートカットで吊り目の少女――蓮の頭部には、初対面のときにはなかった、ヘッドセットとバイザーのようなものが装着されていた。


「イーターだ……! それもすごい数! ここに集まって来てる!」

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