綻び
ハセ
綻び
随分と肌寒くなってきた霜月の半ば。吐く息は白く、その色も気温の低さを表し、日に日に濃くなっている気がする。
大学生の瀬山碧はノーカラーコートのポケットに両手を入れ、駅構内を早足で歩いていた。
ICカードをかざして改札を抜けた後、いつものベンチに腰かける。
このまま家に帰るか、駅ナカのデパ地下に寄り道するか…
そう言えば、お気に入りの洋菓子舗で新しいスフレチーズケーキが発売開始されると、今朝のローカル番組で放送していた。そのお店の支店が確かこのデパ地下にもあったはず。
ちょうどいい。今日で試験も終わったところだ。自分へのご褒美として買って帰ろう。
あとは__
『うまっ。このチーズケーキ絶品じゃん!』
「…」
碧は『もう1つの理由』も胸に置き、早速目的のデパ地下へ向かう。
__すると、左斜め後方から何か声がした。
「離して、ください…!」
「いいじゃん。一緒にお茶行こうよ」
「困ります!」
「そんなこと言わないで。おにーさんがごちそうするからさ。美味しいチーズケーキのお店連れて行ってあげる」
__ここまで台本通りのナンパは久しぶりに見た。思わず鳥肌がたつ。
女の子はおそらく高校生くらい。
…待って。さっき“美味しいチーズケーキのお店”って言った?まさか私と同じところに行こうとしているのか?この流れで…?
ピタリと止まる両足。そして、研ぎ澄ます両耳。
直接見ずとも、困惑する彼女の表情が目に浮かぶ。男性はまだなお、女の子を誘い続けている模様。
いてもたってもいられなった碧は、くるりと斜め後方に体を翻し、真っ直ぐ進む。
「…やめてください」
「は…?」
「彼女、嫌がってます」
碧の登場に男性は怪訝そうにし、女の子は今にも泣き出しそうな様子だった。
「何だよお前」
「手、早く離してください」
「あー、そういうヒーロー気取り?」
「そういうのじゃな」
「マジ冷めるって。いいからあっち行けよ。邪魔邪魔ー」
__プチン。
何かが途切れた。
「気取ってるのも邪魔なのも、完全にあなた ですよね。ナンパが上手くいってないことくらい、そろそろ分からないの」
__言ってしまった。
早くケーキが食べたいという衝動にかられ、この場を早く治めたい碧の言葉は思ったよりも鋭く出る。
案の定、男性は引きつった笑みで、女の子から一瞬手を離し、思いきり振り上げる。
「こいつ……黙っていりゃ調子乗りやがって!!」
これまた漫画みたいなシナリオ。ムカついた男性が助けに入った第三者に手をあげる展開だ。
実際に起きても不思議と冷静なんだと気付く。
碧は目を瞑った。
この隙に、女の子が逃げられたらいい……そんなことを思った、その瞬間だった。
「__いい加減、しつこい」
「…いっっ!!?」
碧と女の子の前に立ち、男性の腕を捻りあげた1人の影。
突如現れた、その姿に__碧は言葉を失った。
「女にしつこく手を出す男はモテないって、ナンパの極意になかった?」
「…離せっ」
「おにーさんが彼女たち離すのが先でしょ。あ、間違えた。もしかしておじーさん?」
「…っ…!」
「おじーさんならすぐに理解できなくても仕方ないよね。これでもまだ離さないってんなら…全然付き合うけど」
「分かっ…た!だから、離せ!」
男性は左腕を擦り、悔しげに舌打ちをし、バタバタとロータリーを去る。
女の子も「あ、あっ、ありがとうございました…!」と何度も頭を下げ、駅に走って行く。
残ったのは碧と。
「気を付けて」、女の子に手を振った、彼だけ。
「…何で…」
「あの時言っただろ。守るからって」
碧はマフラーに顔を埋める。
溢れる気持ちを彼に見せないように、必死に隠す。
「……碧」
「…けい、じ」
彼は飯嶋慶次。
碧の忘れられない、初恋の人だった。
4つ年上の慶次は碧と小学生の頃に出会い、地元の学童でよく遊んでいた。
『おにごっこ、やだ。うち、足遅いからすぐタッチされる』
『んー』
『……けいじ、何してるの?』
『何って?』
『何で、うちの前に…』
カラフルな滑り台の上に座り込む碧の前に、すっと立つ慶次。
距離は思いの外、近い。
『守るから』
『…え…?』
『俺が、ずっと碧を守るから』
__それはおにごっこだけの話なのか、幼い碧には分からなかったが、確かなことはその日から碧にとって慶次は特別な存在に変わったこと。
けれども、碧が中学、高校に上がった時に慶次とは少しずつ疎遠になり、気付けば互いがどこにいるかも分からない関係性と化した。
人づてに、碧は大学生、慶次は社会人になり、地元の会社に勤め始めたと聞いただけ。
同窓会にも顔を出さず、この再会。さっきのナンパといい、何というシチュエーションだろう。
それも、どこか私たちらしい、とも思えた。
「…ずっと、探してた」
「…」
「第一、連絡先知らないだろ。学年被ってなかったし、俺もガキの時はどっちかって言ったらヤンチャしてたから」
「…」
「したら、さっき久々に電車乗って飲み行こうとしたら、碧みたいな子いるし。マジかって。嘘だろって思った」
「…っ、」
「すごく悩んで、声かけようとしたらいきならナンパ止めに入ってるし。変に正義感強いとこ、今も変わんないな…って」
慶次の両手が、マフラーに埋めていた碧の頬を優しく包み出す。
碧が見上げた先には、赤く染まった慶次の表情があった。
「もう、遅い?」
「……」
「大分待たせて、さすがに今更で、4つも年離れてる…俺のがおじーさんか…」
碧の心は決まっている。
それは、この再会があってもなくても、きっと同じだ。
「…チーズケーキ」
「…え」
「一緒に、食べたい」
「私も、ずっと…」
__いま、恋の蕾が綻ぶ。
綻び ハセ @zoooo0617
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