虎
まるたろう
加藤目線
俺は、特別な人間である。
周りにいるような馬鹿な高校生たちとは違うのだ。
俺には才能がある。
そう思って、早3年。
俺の書いた小説はことごとく賞に落ちた。
それでも問題はない。
なぜなら、俺は特別だからである。
高校の入学式は、晴れだったのを覚えている。
きらきらと太陽が輝いて、桜がひらひらと舞っていた。
入学式は退屈だった。
だらだらと長い校長の話。
低能は話が長い癖に面白くもないから駄目なのだ。
その後の新しいクラスも、見たところ馬鹿ばかりだった。
ぎゃーぎゃーと騒ぐ馬鹿な男ども。
クスクスと笑いながら親睦を深めていく女たち。
俺の席だけ、まるで別世界のように隔たれている。
やはり、俺は凡人とは違うのだ。
馴染めないわけではない。
馴染まないのだ。
その2つには大きな差がある。
1人の男と目が合う。
特に煩い男である。
明るすぎる笑顔が、周りのざわめきよりもうるさく感じた。
何か因縁をつけられては堪らないと思い、ふっと目を逸らす。
「なぁ、」
びく、と肩が震え。
何故こいつは俺に話しかけてくるのだろうか。
馬鹿と関わると馬鹿が移る。
そう思いながらも、視線だけは向けてやる。
「名前、なんてゆーの。」
こてん、と小首を傾げながら俺に名を問う。
凡人の阿呆に名前を教えたところで。
ただ、俺は凡人にも優しいのである。
「加藤。そっちは」
社交辞令として名を問う。
「俺は、涼木。よろしくな、加藤。」
俺は、この男と関わらなければよかったとこの先何度も思うことになるのである。
涼木という男は、暇なのかよく俺のところにやってきた。
俺の隠れ家にしていた屋上を見つけ、昼休みになると毎度来る。
屋上は、フェンス越しに街を見下ろすことができ、この世界の王者になったような気分になれる。
コンクリートの床は少しざらついていて、足音が乾いた音で響いた。
「加藤、なにしてんの」
執筆中だろうと関係なく、俺に声をかけるのだ。
「執筆中だ。黙れ。」
いくら、ひどい言葉をかけても。
どれだけ乱暴に扱っても。
涼木は、変わらず俺のところに来るのである。
「へぇ、加藤は作家なのか」
作家。
賞に落ち続けている俺は作家なのだろうか。
まぁ、落ちていても問題はない。
俺には才能があるのだから。
「俺の姉ちゃんの友達にも本読むの好きなやつがいるんだ。お前みたいにちょーー無愛想なやつ。」
凡人と一緒にしないでほしい。
俺はそこらの人間とは違うのである。
「加藤の書いたやつ、読みてーな」
犬のようにすり寄ってくるこの男が、俺は心底苦手であった。
扱い方がわからないのである。
それに、小さい頃から犬は嫌いだった。
「お前に理解できるとは思えないが。読みたいなら読めば良いさ」
つい最近書いた短編を渡してやる。
すると涼木は、餌をもらった子犬のように喜んだ。
「うわ、めっちゃ嬉しい。読んでくるから」
別に感想などは期待していない。
俺の書いた高尚な文が凡人の高校生に理解できるわけがないのである。
翌日。
少し眠たげな涼木が、また俺のところにきた。
目の下にうっすらくまができ、髪は少し跳ねていた。
「読んできたよ」
短編を返される。
「どうだった」
一応である。
別に感想などは求めていない。
「面白かったよ。なんかめっちゃ言葉むずかったけど。調べながら読んだ。でも俺、読むの遅くてさ。徹夜しちゃった。今日、感想言いたくて」
俺に感想を言うためだけに睡眠時間を削ったというのか。
どこまで馬鹿なのだこの男は。
「…寝不足は良くない」
「え、」
驚いたように目を開く涼木。
なんだ、僕が体調を気遣うのがそんなに珍しいのか。
「昼休みの間だけでも、寝ればいい。時間になったら起こしてやる。」
俺は馬鹿にも優しいのである。
こいつを友人と認めたからでは、決してない。
「うわ、なに。加藤ってそんな優しかったっけ?」
「俺は凡人にも優しいんだよ」
ははっ、と笑いながら涼木は俺の隣に腰をおろした。
「なぁ、膝貸してよ。床だと頭痛えし」
「男に膝枕する趣味はない。嫌だね」
ケチだなんだと騒ぐ涼木を無視して、小説に目を通す。
やはり、犬は嫌いだ。
「加藤はさ、なんで小説書こうと思ったの」
「俺が特別だからだ。」
ふーん、と気のない返事をして横になる涼木。
当たり前のように俺の膝を使う。
「嫌だって言っただろ。どけ、阿呆」
「いいじゃんかー、減るもんじゃないんだし」
いちいちこんなことで騒ぐのも面倒だ。
綺麗な顔だ。
俺から見ても整っているといえる。
こんなやつが俺に執着する理由もわからない。
気が向いて、涼木の頬に触れる。
ふにゅ、と頬が歪む。
起きていたのか、ぱちと目を開けて。
こいつの目はこんなに綺麗だったか。
「なんだよ、構ってほしいの?」
顔が熱くなるのを感じ、涼木を押しのける。
この俺が凡人ごときに心を乱されるはずがないのだ。
しかも、男なんかに。
数日間、俺は涼木を避けていた。
避けるためだけにお気に入りの屋上にも行かずにふらふらとしているのだ。
自分のクラスの前を通る。
中から聞こえてきたのは、聞きたくもない低能たちの会話だった。
数人の男子が俺の話をしている。
「加藤ってやつ、いるじゃん。」
冷や汗が背中を伝うのを感じる。
聞かないほうがいいことはわかっているのに、その場を離れることができない。
廊下の蛍光灯が白々しく光り、足元の床だけがやけに鮮明に見えた。
「そういえばいたな、そんなやつ。」
「あいついっつもなんか書いてるから気になってさ。いない間にあいつのノート見てみたんだよね」
ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。
「お前も趣味わりいな」
「そしたら、なんか小説?書いてあって。むっずい言葉使おうと頑張っちゃってるイッタい文でさ。何が言いたいのかぜーんぜんわかんねえの」
ひゅっ、と喉が音を立てる。
だらだらと冷や汗が流れ、体が震えだす。
俺は特別なのだ。
凡人の言葉で動揺する人間なんかじゃ、
わかっていた。
わかっているのだ、俺が特別じゃないことなんて。
わかって、わかってる。
でも、俺は、特別、特別じゃなきゃ
気がついたら屋上にいた。
誰もいない静かな空間でうずくまる。
空は雲一つない晴天で、青が痛いほどに美しく広がっているのに俺の視界は滲んで歪んでいる。
なぜか、涙が出た。
誰もいないのを良いことに声を抑えずに泣く。
わかっているのだ、俺に才能がないことは。
賞に落ちている理由だって。
わかっているのだ。
でも、特別じゃなきゃ。
俺が存在してる理由も、曖昧になって、溶けて、なくなってしまいそうで。
眼の前に、靴があった。
いつの間にか誰かがいたようで。
「加藤、」
数日間、避け続けていた男がそこにいた。
こいつがいなければ。
俺は屋上にいることができて、さっきのあんな会話を聞かなくても良かったのに。
「お前、の、せいだっ」
違う。
涼木のせいじゃない。
俺のせいだ。
俺が周りを軽蔑して、遠ざけて。
ツケが回ってきたのだ。
「加藤」
短く名前を呼ばれ、顔をあげる。
なぜ、お前が泣きそうな顔をしているのだ。
泣きたいのは俺だと言うのに。
「くるな、っ」
みっともない、震えた声。
ぼろぼろと涙がこぼれる。
「落ち着けよ」
ふわっと温かい手が頬に触れる。
「何があったのか、知らないけど。俺は、そばにいるから。ちゃんと。」
恥も外聞もない。
今だけは、こいつに頼ってもいいのではないか。
ぎゅぅ、と涼木の背に手を回すと、涼木はためらいもなく俺の背に腕を回し強く抱きしめた。
「話したくなかったら、話さなくてもいいから。」
今は、何故かこいつの体温が心地よくて。
肩に顔を埋めると、柔軟剤の匂いと太陽の匂いがした。
「なんか、話をしろよ」
さっき聞いた会話を忘れたくて。
少し、無茶振りをする。
「話ってなんだよ。なんでもいいの?」
黙って頷く。
「えー、じゃあ俺の姉ちゃんの話とか。ど?」
少し前に、こいつの姉の友人の話を聞いたのを思い出す。
凡人との会話なんてと、いつもすぐに忘れていたのに。
「俺の姉ちゃん、ひまわりっていうんだけどさ。2個上の学年で今年卒業。」
「同じ学校なのか。」
「そーそー。姉ちゃんの友達に、凪ってやつがいんだけどさ。俺はそいつが姉ちゃんのこと好きだと睨んでるわけよ――」
涼木の姉の話、姉の恋愛事情、担任の話、校長がハゲらしいという話。
くだらない話をしているうちに、いつの間にか涙は止まっていた。
俺は、何があったのか話すべきだと思ったのだ。
なぜかはわからないが。
この男に話して損はないと思ったのか、話したほうが得だと思ったのか。
涼木は、話を聞いた後に静かにこう言った。
「俺は、お前の小説好きだけどな」
暗かった世界が、色づくような気がした。
灰色だった景色に、ゆっくりと色が戻ってくるような。
数日後、俺の話をしていたクラスの男子に話しかけられた。
俺は、凡人とも会話をしてやる優しさを持ち合わせている。
しかし、凡人の中でも更に凡人の阿呆に対する優しさは持っていないのだ。
「お前、まだ書いてんの?小説」
ヘラヘラと笑うそいつを見ても、俺はもう何も思わなかった。
なぜなら
「俺には、最高の読者がいるからな。書き続けるさ、そいつのために。」
相手が言葉に詰まったのを見て、俺はべっと舌を突き出した。
「馬鹿め!」
そう言って、走り去る。
涼木に、話そうなどと考えながら。
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