第二章 インターナショナルプリスクール編
第6話 聖域のゆりかご
二歳という幼さで、家政婦・妙子さんの脳塞栓を未然に防いだ「事件」。それは白石家において、単なる微笑ましいエピソードとして処理されることはなかった。
父・白石慎司。系列総合病院の外科を統べる、冷徹なまでに正確な執刀医。
母・白石仁美。国立大学医学部の准教授として、心筋の微細な挙動を解き明かす理論派。
日本医療界の双璧とも言える二人は、愛娘である私の中に、自分たちのDNAが奇跡的な配合で結合し、なおかつ爆発的な突然変異を起こした「何か」が宿っていることを確信した。
「この子は、日本の一般的な義務教育という名の『均質化』に晒してはならない」
夜の帳が下りたリビング、高価なウイスキーの氷が溶ける音と共に漏れ聞こえてきた父の言葉は、予言のように重かった。彼らは知っていたのだ。真の天才は、凡庸な集団の中では「異物」として排除されるか、あるいはその翼を自ら折って周囲に合わせることで死んでいくことを。
その結果、私が三歳から通うことになったのは、都心の一等地に広大な土地を構える「セント・ジョージ・インターナショナルプリスクール」だった。
そこは、前世の私が住んでいた、排気ガスに咽びながら安月給を数えていた灰色の世界とは、次元の異なる場所だった。
校門を潜れば、そこには日本語の響きは存在しない。公用語は英語。教師陣はオックスフォードやハーバードを卒業した教育学の博士たち。園児たちは、多国籍企業のCEO、中東の石油王の血族、政界のサラブレッド、そして父のような医系一族の末裔。
彼らは三歳にして、世界を動かすための「視座」を遊びの中で叩き込まれる。
前世で、コンビニの半額弁当を啜りながら「人生、配られたカードで決まるんだよな」と毒づいていた私にとって、この場所は眩しすぎるほどに残酷な、しかし底知れぬ美しさを湛えた楽園であった。
私はこの豪華なゆりかごの中で、「一見して優秀だが、手に負える範疇の子供」という皮を被り、三年間をやり過ごすことを決意した。前世で培った「上司の機嫌を伺い、期待される役割を完璧に演じる」という、悲しいまでに洗練された社畜の処世術。それこそが、この怪物たちの巣窟で私が凪のように過ごすための唯一の武器だった。
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