汚染病院~贖罪の女神と希望の物語~

奏せいや@Vtuber

第一章 異常存在

第1話 はじまり

 日常ではあり得ない存在。

 通常では説明出来ない現象。

 常でないが存在し、異なる現象を起こすもの。

 それを――『異常』と呼ぶ。



 夕焼けが空を赤く染める中、総合病院の前は重苦しい空気に包まれていた。

 軍用のアサルトライフル、迷彩柄の服装。物々しい装備を身に着けた男女数人が戦場さながらに待機している。


 まるで死人のような静寂さを漂わせる総合病院敷地内には誰もいない。武装した集団に騒ぐ野次馬もマスコミもいない。本来なら数百人はいる医療関係者から患者まで、ここから姿を消したのだ。


 これは、異常だ。まだ派手さはない。まだ戦闘は始まっていない。だが不自然だ。だが不可解だ。これは、不気味だ。音もなく消えた数百人の行方は分かっていない。

 日常ではあり得ない。通常では説明出来ない。


 よって異常。これは通常の事件でもテロでもなく、本来なら起こり得えない異端の事象が発生している。


 武装集団のうちの一人、長い赤髪の女性は白い病院建物を見上げる。彼女もアサルトライフルで武装しているがこの女性だけは服装が白いワイシャツと黒のパンツであり凛とした大人の女性の姿を際立たせていた。歳は20代ほどでありまだ若いが未熟さは感じさせない。


 彼女の瞳には積年の思いがある。ここに来るのは初めてではなく、かつて味わった体験は泥のように堆積し彼女に圧しかかっていた。


 逃げ出したかつての悪夢に、今度は挑むために。


「あの」


 そこで声が掛けられる。振り返ればそこには少年がいた。唯一学生服を着た彼はただ一人の一般人だ。その恰好は武装した兵士の中では浮いており弱々しい印象を受ける。


 彼自身心配なのだろう、その表情は不安が色濃く出ており、そんな少年を見て赤髪の女性は表情を柔らかくした。そして説明する。


「沓名(くつな)君。さっきも言ったけど、この世界には『異常』ってものが存在するの。日常に潜む、認められないものよ」


 彼女は話す、異常事態にいながら異常とはなんなのかを。


「たとえばね、カラスっているでしょう? 黒い鳥の。あれ、普通の鳥って扱いだけど、実は喋れるの。賢すぎるってだけなんだけど、人間の言葉を話したら社会が乱れるから特別な薬で知性を抑えてるの。信じられる?」

「えっと、そうなんですか?」


 いきなりそんな話をされて信じられる者はいないだろう。少年も例に漏れず困惑しているが、女性は小さく笑う。


「まあ、信じなくてもいいわ。今はそこが大事じゃない。ただ、異常ってものがあるって知ってて欲しいの。この世界には、非現実的な何かが潜んでるってこと」


 彼女の言葉は突飛でおとぎ話も同然の与太ではあるが、しかし少年、沓名は笑わない。彼女の顔もまた引き締まっていく。


「電池の入っていないぬいぐるみが勝手に動き出すとか可愛い異常ならいいんだけどね。でもここは違う。汚染病院。この場所は異常な空間で怪物や異様な現象が襲ってくる。病院という形をした悪夢みたいな場所。当然危険だしどんな目に遭うかも分からない。それでも、行ける?」


 真剣な眼差しがこちらの覚悟を試す。ここからは命がけだ。彼らが握る殺傷兵器がその危険性を物語っている。

 怖気づくのを誰が責めるだろう。恐ろしくても仕方がない。逃げ出したとしてもおかしくない。

 けれど、沓名は引かなかった。


「ここに、妹がいるんですよね?」


 彼は尋ねる。恐怖を越えるため、勇気を振り絞るそのために。


「ええ。愛羽(めう)さんと君を再会させて彼女を救い出す。それが私たちの目的よ」


 ここに妹がいる。今も自分の助けを待っているはずの妹が。


「おねがいします」


 怯えていた瞳に、決意が宿っていった。

 その答えに彼女は頷いた。そして仲間たちと視線を交わす。


「行くわよ」


 部隊は一列に並び病院の入口前に陣取る。沓名は彼女の背後に立ちその背中を見た。自分とさほど変わらない背丈なのに頼もしいその姿。どれだけの経験を重ねてきたのだろう。


 不安の中に、言いようのない信頼が芽生えていた。


「突入!」


 彼女の号令で先頭の隊員が扉を開き病院のエントランスに踏み込む。後続が続き扇形に広がって銃口を構え、異常がないか確認していった。


「クリア!」

「クリア!」

「ここは変わらないわね」


 安全が確保された。無人な点を除けば異常はない。だが気の緩みはなく、彼女は一点を鋭く見つめる。


 そこには電気が消えた廊下が伸びていた。奥に非常口の緑の看板が薄っすら見えるだけで深い闇が広がっている。

 その暗闇は、怪物の口のように感じられた。わずかな光さえ深海魚の疑似餌のようだ。


「油断しないでね、本番はここからよ」


 宮坂は暗視スコープを装着し視界を整える。他の隊員もスコープを下ろし銃を握り直す。


「前進」


 隊は一列の陣形を組み、闇の中へ足を踏み入れた。沓名もその中にいて、緊張しながら前へと進んでいく。


 隊列の規則正しい足音に沓名の足並みが不協和音のように混じる。なにが起こるか分からず視線は異変を気にして探し回る。


 そこで隊員が止まり沓名も足を止めた。見れば先頭の人が拳を上げている。

 彼の視線の先、沓名もそこへ目をやった。廊下は暗いが見えないほどではない、暗がりに慣れた目が隠れた異物を暴き出す。


(なんだあれ)


 真相は、衝撃となって現れた。


 異常とはなんなのか、沓名は改めて思い知ったのだ。


 長身細身の看護婦が廃人のように徘徊している。その両腕は廊下に着くほど長く、なによりその体には巨大な注射針が何本も突き刺さり貫通していた。注射針の先端を廊下にひっかけて、その看護婦は緩慢に歩いている。


 体が動かない。目が離せない。金縛りは悲鳴を出すことすら許してくれない。

 看護婦の姿をした怪物がこちらに気づく。瞬間奇声を発し襲い掛かってきた。


「撃て!」


 アサルトライフルの銃声とマズルフラッシュが廊下に響く。看護婦は倒れ迎撃は成功する。

 その一幕を沓名は見守ることしか出来なかった。気づけば自分は尻もちをついており廊下の固い感触が手から伝わる。


「大丈夫?」


 そこへ、赤い髪の女性が手を差し伸ばしてくれた。


「あ、ありがとうございます」


 彼女に手伝ってもらいながら起き上がる。お礼は言うが顔は下を向き彼女を見られない。


「すみません、俺」


 不甲斐ない。でもなにも出来ない。自分はただの子供で、無力な一般人だ。それを悔しく思うのにそれでも出来ることはなにもない。


「大丈夫よ、君は私が守るから」

「え」


 その声に、沓名は顔を上げた。


「約束するわ。だから大丈夫」


 見れば、彼女の力強い眼差しがある。なぜそこまで気にかけてくれるのか、沓名にはピンとこない。


 それが、時を超えた約束であると、彼が知ることも。

 二人の出会いは必然だ。運命の巡り合い、それでも沓名には分からない。

 ただ、だとしても、彼女の言葉に沓名は怯えていた心に小さな勇気をもらっていた。


「はい。ありがとうございます」


 だから前へと行ける。この闇へ進むため。


(待ってろよ、愛羽(めう))


 妹を救うため、この悪夢に立ち向かっていく。


 汚染病院攻略戦。運命の救出劇が、始まった。

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