“つゆ払い役”の天才魔導士が役目を終えて退場、なんて許さない!《Freaks!》

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前編 事件編

第1話 特別な先輩

 冷たい石の床に、かつての“天才”が転がっていた。


彼の両手首を縛る、魔力を封じる鎖。

それは、彼の強大な力と生きる意志を、じりじりと削り取っていた。


誰もが彼を兵器として扱った。

その果てに、使い捨てにされ、“物語の役割”を終えた者として見放された。


「……先輩、見つけた」


震える声とともに、鉄の扉が開く。


飛び込んできたのは、まだあどけなさの残る少女だった。

学園の陰謀とも、魔獣の脅威とも無縁なはずの存在。


彼女の差し出した手のひらには、一粒の飴玉があった。

場違いなほど鮮やかな——。


「食べて。ほら、これ」


それは、物語の筋書きを壊す、たった一粒の反逆だった。


◇◆◇


 遡ること半年前。


——これが都会の男か。


あの人を初めて見た瞬間、レイの中の“男の子像”がひっくり返った。


背の高い痩せた身体に、制服のシャツがわずかに余っていた。

跳ねた黒髪の隙間から覗く、左目の下の泣きぼくろ。


なんて、洗練された佇まいだろう。


「ギルバートだ。今日から君の案内役を任されてる。わからないことがあったら、なんでも聞いてくれ」


彼は二人に笑いかけた。柔らかく細められた若葉色の目。

レイは思わず肩を竦めて曖昧に笑い返した。


 ここは帝都にある魔法学園。貴族の子弟も多く通う、魔導士を育てる学校だ。


レイチェルは、春からこの学園の高等部一年生に編入した。

幼馴染のヴィンセント——ヴィーの“特別な事情”の付き添いで。


「そんなに珍しいか?」


ギルバートの問いに、レイははにかみながらうなずいた。


「建物が大きくて……なんだか自分が小さくなったみたいで」


二人は、田舎の小さな村から出たことがなかった。

ギルバートはレイの答えが面白かったのか、ふっと笑った。


「着いた。ここが君たちの暮らす寮だ」


学園の外れで、ギルバートは足を止めた。

こじんまりとした二階建ての建物。煉瓦の壁に、森の木漏れ日が滲んでいた。


この日から、レイとヴィーの魔法学園での新しい生活が始まった。


◇◆◇


 「今日は本物の魔獣を使った基礎訓練だ。危険が伴うため——」


そう前置きして、先生は振り返った。


「補助監督として、二年生のギルバート君に来てもらっている」


彼だった。


……ギルバート先輩が、どうしてここに?


彼は無駄のない動作で歩み出る。

垂れ目がちな薄緑の瞳が、レイをかすめた。その瞬間、レイの胸がかすかに高鳴った。


「彼は戦術科では今年、最も優秀な生徒だ」


——ギルバートは、やはり特別なのだ。


 説明もそこそこに、魔獣が檻から引き出された。

レイの隣にいたヴィーの肩がびくりと跳ねる。


「ヴィー?」


レイが問いかけると、ヴィーは驚いたように瞬きをした。彼は、すぐにいつもの控えめな笑みを浮かべ、首を横に振った。


「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」


 演習は何事もなく進んでいった。

生徒たちは教科書を片手に、教わった通り詠唱する。


レイも口を開きかけた、そのときだった。


「やめて! 傷付けないで!」


突然、ヴィーが魔獣の前に飛び出して叫んだ。

訓練場にいた全員が凍りつく。


しかし、一度唱え始めた呪文を途切れさせるわけにはいかなかった。

詠唱を中断することの危険性は、ついさっき先生から説明されたばかりだ。


「ヴィンセント! 何を言ってる。その魔獣から離れろ!」


先生が叫ぶ。

魔獣が低く唸り、全身の毛を逆立てた。

同時に、空気がふっと歪む。ヴィーから漏れた微かな魔力の揺らぎに、魔獣が反応したのだ。


魔物の声が聞こえる——それがヴィーの“特別な事情”だった。


「やめて、怖がらせないで……!」


ヴィーは魔獣の痛みを代弁するように、震える声で訴える。

魔獣が前足を踏み鳴らし、鉄の鎖が軋んだ。


「まずい、刺激するな!」


教師が動こうとした瞬間、別の生徒が恐怖のあまり詠唱を途切れさせた。

魔力の火花が不安定に弾ける。


訓練場に緊張が走った。


その混乱の中、一人だけが冷静だった。

ギルバートだ。


「動くな。詠唱は続けろ」


ギルバートは、生徒の肩に触れた。彼の魔力が乱流を包んで押し沈める。

火花はじゅ、と音を立てて揉み消された。


そのまま彼は、迷いなく魔獣へ指先を向けた。

次の瞬間、魔獣の足元の地面が、鈍い音を立てて沈み込んだ。まるで、その場所だけに何倍もの重さが加わったかのようだった。


魔獣は唸りを上げる間もなく四肢を折り、崩れるように地に伏せた。


レイは息を呑む。彼女の知るどんな魔法とも、まったく違っていた。


「心配ない。殺してはいないよ」


ギルバートの声は淡々としていた。

それから、彼は呆然とするヴィーに歩み寄った。


「こういう時のために、俺がいる」


ギルバートもまた“特別な事情”を持った生徒だと、レイは後から人伝に聞いて知った。

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