雨が降り止む時

篠崎リム

第1話

 上空を覆う分厚いパイプの隙間から、今日も鉛色の雨が降り注いでいる。


 テルの住む貧民層エリアは、富裕層の快適な暮らしを維持するために開発された天候装置『マーメイド』によって、絶え間なく人工の雨が降り続く区域だった。

 空は常に灰色の雲に覆われ、湿気と冷えが骨の奥まで染み込んでくる。

 視線を遠くへ向けると、街の中央付近にそびえる巨大な煙突群がぼんやりと見えた。

 そこから吐き出される白濁した蒸気が空へ広がり、やがて雨雲となって、この街全体に雨を落とす。


 この地で生まれ育った住民たちは雨を当然のものとして受け入れていたが、十二歳のテルだけは違った。


「ゴホッ、ゴホッ……!」

「テル、大丈夫? フードがずれてるわ」


 慌てて駆け寄ってきたのは、十三歳年上の姉、エリナだ。彼女はテルの頭に被せられたフードを直し、心配そうにその顔を覗き込む。

 濡れないようにエリナが縫ってくれた雨具、冷えた身体を包む手の温もり、柔らかな笑顔。

 エリナの存在だけが、テルの世界に差し込む唯一の「晴れ間」だった。


 かつて両親は、孤児だったテルとエリナを拾い育ててくれたが、数年前に流行り病であっけなくこの世を去った。以来、テルにとってはこのエリナだけが、世界の全てだった。


「ごめん、姉さん。この雨具少し動きにくくて」

「我慢してね。テルは体が弱いんだから」


 エリナは微笑んで、テルの頬を撫でた。その手は冷たく湿っていたが、テルにとっては陽だまりのように温かかった。

(いつか、こんなジメジメした場所から姉さんを連れ出してやるんだ)

 テルは雨具の中で拳を握りしめ、空を塞ぐ鉛色の雲を睨みつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る