三条家のご兄弟様は末っ子くんにだけは甘すぎる

うさまろ

序章:華麗なる幕開け

三条公爵邸の朝は、静謐せいひつな美しさと共に幕を開ける。

数十人のメイドたちの手により隅々まで磨き上げられた大理石の床は鏡のように陽光を反射し、一点の曇りもない窓の向こうには、庭師が丹精込めて手入れをした朝露に濡れた薔薇が咲き誇る広大なイングリッシュガーデンが広がっていた。


「おはよう、兄さんたち」

三男の翡翠ひすいがミルクティ色の髪をふわふわと揺らしながらダイニングルームの重厚な扉を開けると、そこには既に、絵画から抜け出してきたような二人の兄が完璧な佇まいで席についていた。

「おはよう翡翠。……座る前に、その寝癖をどうにかしなさい」

長兄にして三条家現当主、鷹彬たかあきらがタブレットで株価をチェックしながら、冷徹なまでの美貌をわずかに動かして告げる。190センチを超える長身に、流れるような銀髪。翠眼すいがんに宿る鋭い知性は、若くして公爵位を継いだ彼の威厳を物語っていた。

「おはよう。寝癖なら、後で僕が直してあげようか?」

次兄の隼人が、とろけるような甘い微笑を浮かべた。公爵補佐官でありながら現役モデルも務める彼の美しさは、まさに「傾国」。少し癖のある黒髪を揺らし、獲物を狙うような悪戯っぽい光を瞳に宿して翡翠を見つめる。

「え、やだよ! 隼人兄さん、また僕で遊ぶつもりでしょう!? 一昨日だってそう言って、こっそりリボンを編み込んだじゃないか。大学で笑われたんだからね!」

翡翠が頬を膨らませて抗議すると、隼人は「おや、バレていたか」と楽しげに肩を揺らした。

「でも似合っていたよ、翡翠。お前は可愛いからね。女の子と見間違われるのも、ある意味では三条家の人間として誇らしいことだ」

「全然嬉しくない! ボクは男だよ、筋肉だってちゃんとあるんだから!」

華奢な見た目に反して、翡翠は三兄弟の中でもなかなかの「馬鹿力」の持ち主である。しかし、兄たちに並ぶとその事実はあっさりとかき消されてしまうのだった。


「お坊ちゃま方、朝から騒がしいことで。翡翠様、エミリオが特製のオムレツを焼き上げましたよ」

絶妙なタイミングで現れたのは、先代から仕える老執事の篠田だ。

その後ろから、三人の乳母を務めた千寿ちずが、翡翠の襟元をさっと整える。

「翡翠様、またそんなに怒鳴って。可愛いお顔が台無しですよ。ほら、エミリオの料理は温かいうちに」

「……うん、ありがとう千寿さん」

千寿に宥められては、翡翠も毒気を抜かれるしかない。

そこへ、キッチンから陽気な声が響いた。

「ハァイ! 翡翠、今日のオムレツは愛の形さ! 昨夜、素敵なメイドを口説き損ねた悲しみをスパイスにしておいたよ!」

「エミリオ、仕事中にメイドを口説くのはやめろと言ったはずだが」

頬にそのメイドに引っ叩かれた時のものと思しき手形の残ったエミリオに、鷹彬が眉を寄せて注意する。

「ノンノン、愛は止まらないのですよ!」とウィンクをして下がっていった。

「仕方のない人だねぇ、彼は」

隼人が楽しげにクスクスと笑う。

そんな賑やかな朝食の最中、鷹彬がふと思い出したように食事の手を止めた。


「そうだ翡翠。今日、父上から『面白いもの』が届く。俺と隼人はこれから公務で手が離せない。お前が対応しておきなさい」

「えっ、お父さまから? また変なものじゃないだろうね……。去年の『ハワイの砂1トン』は庭師さんが泣いてたよ」

「僕もそう思うけれど、兄さんも僕も忙しいからねぇ。翡翠、頼んだよ」

隼人が翡翠の頭をポンポンと撫でる。その手つきは優しく、拒絶しがたい。

三条家の長男と次男は、自分たちが「面倒だ」と感じた案件を、末っ子の翡翠に押し付けるのが非常に上手かった。

「……わかったよ。ボクがやっておくよ。その代わり、今度こそ仔犬を飼う許可、ちゃんと考えてよね!」

「検討しておこう」

鷹彬はそう短く答えると、優雅な仕草で紅茶を口にした。

足元では、隼人の飼い猫である一の姫いちのひめが、翡翠の足を「子供ね」と言いたげに軽く踏みつけて通り過ぎていく。


三条家の平和(?)な一日は、こうしていつものようにドタバタと始まっていくのだった。

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