地球最後の冬の蜂

木月陽@書籍発売中

記録:0001

  ぶうううううううん――



 砕けたアスファルトの上を小さな影が流れる。


 ぷぷぷぷ、ぽ。はいみなさあん、あちらは私どもの開発したドローンの最新型モデルでございます。ドローンの語源は「オスのハチ」、その昔イギリスで……


 ガレキの下からくぐもった合成音が白々しく喚く。調子外れのBGMと一緒に。聞かせる相手もいないのに。

 


  ぶうううううううん――



 ぺかぺか。崩れかけの電光掲示板が数字を映す。日付も時刻もてんでめちゃくちゃ。ただ気温だけはきっと正確。マイナス1.8℃、冬だ。



  ぶうううううううん――



 ういっ、うっ、いいん。三体向き合っていたマネキン姿のロボット、二体が気付いて空を見上げる。右腕のもげた一体が言う。暗いですねえ。基盤がむき出しの一体が言う。良い空ですねえ。眼球型センサーの外れた一体が下を向いたまま言う。ええ、ええ、お客様方のおっしゃる通りでございます。


 この三体は、待っているのだ。

 

 何を?



  ぶうううううううん――



  ぱしゃ。



  ぽぱあ、ぴいいいい。


 

 三体に向けてシャッター音、ぶうううううううん――と飛ぶ、ドローンが立てた。有機生命体を見つけたら、撮影・報告がお約束。



  ぴいいいい。



 写真を分析。違うヒトじゃない、ロボットだこれ。



  ぴいいいい。



  ぷちん。



 写真を削除、メモリは大事。空っぽのメモリでまた飛び去る。

 一枚の写真も残っちゃいないんだ。

 


  ぶうううううううん――



 そこのアナタ、寒いですよねえ。横倒しの自動販売機が言う。あたたかいもの、いりませんか。コーンポタージュ、おいしいですよ。


 その横をドローンは飛ぶ。「サムイ」の意味なんてわからない。それは仕事じゃないから。写真かビデオを撮ってお山に送れば、お山にいる博士たちが考えてくれる。


 もっとも最近は定期連絡も来ないけど。



  ぶうううううううん――



 このドローンには時計がついてない。だから自分がどれだけ飛んでいるかもしらない。

 何日? 何週間? 何ヶ月? 何年?

 何世紀?


 停止命令が来ないから止まらないし、高性能発電装置が組み込まれたボディは太陽光でも風でも周りを飛ぶ余剰電波でも海水でも動力源にできる。

 終わりのない、旅。

「終わる」をしらない、旅。



  ぶうううううううん――



 どっちを向いても灰色。空も地面も色褪せた何かの紙切れも、誰かをあたためるために造られた接客ロボットたちも。たまに勘違いして写真を撮って、また、ぷちん。


 

  ぶうううううううん―― 


 

 オニーサン、独り寝は、さみしいでしょう? かつて路地裏だったところに転がった壊れかけのアンドロイドは、掠れた声でそうつぶやく。うい、うい、と、空に伸ばした手を上下にぱたぱたしながら。脚を片方なくしている。ロボットだな。ドローンのカメラは動きもしない。


 どっちを向いても灰色。

 どっちを向いても、冬。



  ぶうううううううん――



 あいまいな太陽光では羽根が重い。そろそろ充電しよう、と空高くへ。




 そこで、きいろいものを見た。




   ブウウウウウウウウン――――




 灰色の空に一点だけ、ポツ、ときいろはそこにあった。三つのしましまのパーツと六本の脚。背中には透明の羽根。物凄い早さでパタパタするそれは、ものすごくかすかで、ものすごくたしかな、


 熱を、持っていた。



  ぱしゃ。

  ぱしゃぱしゃ。  

  ぱしゃしゃしゃしゃしゃしゃ。

  うぃぃぃぃ、ぴ、ぱしゃ、

  ぴ、うい、ういぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!



 いきてる。いきてる。いきてる。メモリにきいろが増えていく。下から、並んで、上から、右下から、左上から、後ろから。



   ブウウウウウウウウン――――


  ぶうううううううん――


   ブウウウウウウウウン――――


  ぶうううううううん――



   ブウウウウウウウウン―





         ガっ。





 ドローンの羽根の一つが止まる。軸と羽根のすきまに何かが挟まっている。

 何か、はバタバタともがく。

 ドローンは停止命令が出ていないから、止まらない。


 きいろいのは、どこ?



   ブウウウウ、ギ、ギチギチッ、


  ぶ、ぎ、がり、がり、ぎぎい、


   ギギギギギ、ギ、イ、


  ぎぎ、ぎいいぎ、ぎぎ、が、が、


   ブブブ、ブ、ガ、ぶガ、ガ、ガがガ


  がガが、う、がが、ウい、がが


   ううウウうウ、


     う、ウ、




       ―――――――ばきィッ。




 ちゃいろい何かがはらはらと降った。ドローンがそれを追い越して落ちた。きいろかった何かと黒い強化プラスチックが、一緒くたになって落下して。



   がんっ。

   ぱら、はらら。



 そして静かになった。








  ぎ。

  ぎぎ。

  ううううう、ぴぴぴぴぴぴ。



 きいろいのは、どこ? メモリにはきいろがいっぱい。見えなくなった本物のきいろはどこ?

 カメラを旋回。あ。あった。壊れた羽根の隣に落ちていた。三つ一揃いだったパーツが、ばらばらになっちゃった。

   

 

  ぴ。



 カメラを回した。基盤の見えるマネキンみたいに、転がった自動販売機みたいに、脚の取れたアンドロイドみたいに、ううう、と動くのを待った。


 それから周りが暗くなって、そして明るくなって、また灰色になっても、動かなかった。



  ぴいいいい。

  ぷちん。



 メモリは大事。最後の動画を削除した。もういきてないから。


 羽根が全部折れたせいで飛べなくなった。だからお約束通り、予備の脚を出す。動かしにくい。太陽光が少ないせいと、気温が低くて滑りが悪いせいと、あと小さな有機物の破片がボディに入り込んだせい。でも歩く。停止命令がまだ来ていないから。


 飛べなくなれば歩いて、歩けなくなれば転がって。


 終わりをしらず、いきものを探して彷徨うのがこのドローンの仕事。



  ぎぎ。ぎぎ。

  ぺた、ぺた、ぺた、ぺた、



 昨日砕けたのが地球最後のいきものだった事を、このドローンはしらない。 


 お山の博士もしらない。お山の博士がもういない事も、だれもしらない。


 だれもしらない。




 小さなドローン冬蜂の、「終わり」をしらない、長い長い旅だ。


 どこまで行っても灰色の――――

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