クラスの空気モブな俺、ダンジョンで瀕死の美少女(学園の姫)を救う。〜正体を隠して暗躍したいのに、彼女が「運命の人」を探し始めて包囲網がヤバい〜

kuni

第1話

 現代において、人間の価値は一枚のカードで決まる。


 ――探索者ライセンス。

 そこに刻まれた『ランク』こそが、その人間の才能、年収、そしてスクールカーストのすべてを決定する絶対的な指標だ。


「おい、どけよ。『空気』。……チッ、また天城かよ。不吉なんだよ」


 教室の入り口で、肩を強くぶつけられた。

 わざとらしい衝撃に、俺――天城カイトの体はあっけなくよろけ、壁に背中を打ち付ける。


「……悪い」

「あ? 返事は? ゴミはゴミらしく『すみませんでした、強者様』だろ?」


 せせら笑うのは、クラスの取り巻きを連れたDランク探索者の男子だ。

 彼らは俺の胸元から強引にライセンスをひったくると、それを指先で弄んだ。


「見ろよ、相変わらずの『Fランク』。適性魔力値……3? ぷっ、一般人より低いじゃねえか。これでよく探索者志望の学園に入れたな。裏口か?」


 周囲から下卑た笑いが漏れる。

 俺は何も言い返さず、ただ視線を床に落として、やり過ごす。

 ここで言い返しても無駄だ。この世界において、ランクの低い者は人権すら希薄なのだから。


 そんな騒がしい教室が、一瞬にして静まり返ったのはその直後だった。


 ――カツ、カツ、カツ。


 凛とした、しかし重みのある足音が廊下に響く。

 その場にいた全員が、まるで王を迎え入れる臣下のように背筋を伸ばし、道を空けた。


「……おはようございます。皆様」


 教室に入ってきたのは、一輪の大輪の華だった。

 氷室凛華(ひむろ りんか)。

 国内最大ギルド『氷室財閥』の令嬢にして、学園一の美少女。

 そして何より――この学園で唯一、学生にして『S級』の適性を持つ、人類の至宝だ。


 透き通るような銀髪をなびかせ、凛とした表情で歩く彼女に、クラス中の視線が吸い寄せられる。

 さっきまで俺を小突き回していた男子たちも、借りてきた猫のように赤くなって道を空けた。


(相変わらず、住む世界が違うな……)


 俺は壁際で息を潜める。

 彼女は眩い太陽で、俺は道端の石ころだ。

 同じ空間にいても、視線が交わることすら許されない。

 それがこの世界の「摂理」だった。


 氷室凛華は一度もこちらを見ることなく、優雅に自席へとついた。

 俺は返されたライセンスをポケットにねじ込み、窓の外を眺める。


 ――誰も、気づいていない。

 俺のライセンスに刻まれた数値が、あまりに低すぎて「測定器が桁を読み間違えている」ことにも。

 そして、俺が放課後、彼らが決して足を踏み入れない「地獄」へ通っていることにも。


 ***


 放課後。

 俺は生徒たちで賑わう正規のダンジョン入り口には向かわない。

 学園から数キロ離れた、立ち入り禁止区域の廃ビル。その地下駐車場の一角に、それはある。


 空間が歪み、ノイズのように揺らめく「バグった入り口」。

 公式記録には存在しない、座標エラーによって生じた特異点だ。


「……よし、誰もいないな」


 俺は愛用の黒いパーカーのフードを深く被り、ライセンスを端末にかざす。

 もちろん、偽装済みだ。

 俺が中に入ると、世界の色が一変した。


 そこは、青白い結晶が突き出した洞窟。

 公式な危険度判定であれば『SSS』……人類未踏の深層エリアに直通している。


 グオオオオオン……!


 空気が震える。

 目の前に現れたのは、全長十メートルを超える巨獣『ディザスター・ベア』。

 一国を滅ぼしかねないと言われる、災害級の魔物だ。


「……ふわぁ。……あー、今日もこいつか」


 俺は大きく欠伸をした。

 恐怖? そんなものはとうの昔に忘れた。

 突進してくる巨獣に対し、俺はただ、右手を軽く突き出す。


「邪魔」


 ドォォォォォォン!!


 衝撃波が洞窟を震わせた。

 物理的な接触すらない。俺が放った魔力の「余波」だけで、巨獣の体は霧散し、魔石へと変わる。


 > **経験値を取得しました。**

 > **レベルが上昇しました。**


 視界に浮かぶシステムメッセージ。

 俺はそれを手慣れた動作で開き、自分のステータスを確認した。


> **【ステータス】**

> **名前:天城 カイト**

> **レベル:999+(カンスト)**

> **筋力:999,999**

> **魔力:測定不能(エラー)**

> **スキル:【魔力隠蔽(極)】【一撃必殺】【空間跳躍】……**


「また上がったのか。……これ以上強くなっても、使い道がないんだけどな」


 俺が欲しいのは、力じゃない。

 目立たず、騒がれず、誰にも干渉されない平穏な日常だ。

 だから俺は、学校では「ゴミ」のフリをする。最強であることを隠す。

 それが、この歪んだ世界で一番賢い生き方だと思っていた。


 魔石を拾い上げ、俺は出口へと歩き出す。

 今日の「作業」は終わりだ。帰りにコンビニで新作のアイスでも買って帰ろう。


 その時だった。


『――緊急警報。演習用A3エリアにてイレギュラー発生。繰り返す、緊急警報――』


 遠く、学園専用の端末からアラートが微かに響いた。


「演習エリア? あそこは氷室たちのクラスが使ってるはずじゃ……」


 俺は足を止めた。

 脳裏に、教室で見た銀髪の少女の、どこか寂しげな横顔が浮かぶ。


「……チッ。アイスが溶ける前に終わらせるか」


 俺は【空間跳躍】のスキルを発動させる。

 平穏な日常を守るための、俺の「暗躍」が始まった。


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