第十二話「あくびの意味②」
キャンプを続けながら、死線を超える日々が続いた。
霧深い森に現れる死霊リッチ、沼地へ獲物を引きずり込む四つ首蛇のヒュドラ、潮から現れて漁船を襲う巨大イカ、クラーケン――。そのどれもが、掠めるだけで命を奪う必殺の技を持っていた。
「せめて……せめてあの鎧が仕上がってからにしましょう! 死んじゃいます!」
ルカの進言にレオンハルトが首を縦に振ることはなかった。絶句するルカを諭すように、カミロが肩をすくめて言った。
「いいかルカ、そもそも矛と矛の試合だって一撃食らえば死ぬんだ。一瞬の隙も見せるな。俺たち騎士は、子供の頃からその精神で鍛錬してるのさ」
迷いのない言葉に、ルカは返す言葉を失った。死を隣人として生きる彼らにとって、この地獄こそが日常なのだ。
死闘を繰り返すほどに、四人の連携は研ぎ澄まされていった。
強敵を討ち取った後、レオンハルトはただ無言でポーションを煽るだけだったが、カミロは違った。彼は戦功を立てたブリューを「最高だぜ!」と盛大に褒めちぎり、頭を撫でるだけでは飽き足らず、頬にキスをするようになった。
されるがままのブリューは、決まって「ふわぁ」と大きなあくびをする。
「ははっ、ムズ痒いのか? これはキスと言ってな、人間が最愛の人に送る愛の刻印だ」
カミロはレオンハルトにも、グンを褒めるよう、そして「親愛のキス」をするよう促した。
「大切な相手にはそうするもんだぜ、王子」
女王との誓いを胸に抱くレオンハルトにとって、「大切にする」という行為を否定する理由はなかった。王子は少しだけ照れくさそうに視線を泳がせたが、不器用ながらもグンの頬に唇を寄せると、やはりグンも大きなあくびを返した。
その「あくび」の真意が、単なる生理現象ではないと気づき始めたのは、修行開始からひと月後。武具が仕上がったとの報せを受け、再び都へ向かう道中でのことだった。
グンとブリューは大型犬を凌ぐほどに成長しており、その巨体では王都への入場を拒まれる恐れがある。
「俺とこいつらはここで留守番だ。王子、ルカ。……頼んだぜ」
カミロがグンとブリューとともに森の隠れ家に残ることになり、王子とルカの二人だけで王都へ向かうことになった。出発の間際、王子はいつものようにグンの頬にキスを贈った。
だが、グンはあくびをしなかった。
ただムスッとした顔で、主人の背中を恨めしそうに見つめるだけだ。留守番をさせられる不満が、その全身から溢れていた。
翌日の夕暮れ、無事に二人が最高の矛と鎧を担いで戻ってくると、二人ははちぎれんばかりに尻尾を振って大喜びした。再会を祝して王子がキスをすると、グンは待っていましたと言わんばかりに、一番の大あくびをした。
「……なぁ王子。面白いことが分かったぜ」
カミロが、妙に納得した顔で言った。
「留守番中に何度俺がキスしても、ブリューは一度もあくびをしなかったんだ。……つまり、これはムズ痒いからじゃねぇ」
そう言ってカミロがブリューにキスすると、ブリューは「ふわぁ」と大きなあくびをした。
「ほら、あくびをした。リラックスしている時に更にリラックスを意味するあくびをする。これは……」
カミロはブリューの頭を抱え込み、王子とルカを見た。
「幸せを噛み締めてる時のサインだ。『幸せだね』って、俺たちに言ってるのさ」
その仮説に、レオンハルトもルカも深く頷いた。
いつだって五人一緒がいい。この過酷な旅路において、それこそが彼らにとって唯一の、そして最高の幸せだったのだ。
「幸せだね、って意味なのか? 」
ルカが満足そうな二人の顔を覗き込んで尋ねると、二人とも「そうだ!」と肯定するように、短く、力強く吠えた。
人間のように言葉を操り、簡単に意思を通じ合わせることができたなら、これほどの感慨はなかっただろう。
分かり合えることの喜び。通じ合った瞬間の温もり。
冷たい森の空気の中、五人の間には、言葉以上の重みを持った確かな「幸せ」が満ちていた。
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