ダンジョンマスターは戦争を終わらせたい~リクラフト権限で都市型ダンジョンを運営します~

@ruisu2000

第1話 日常は、唐突に終わる

日常は、唐突に終わりを迎える。

人が何気なく過ごしている一日は、同じように見えて、その瞬間ごとに違う――取り返しのつかない“唯一の一日”だ。


そして、俺の日常が終わるのも、きっと、こういう形だった。


大学へ向かう朝。

雨上がりの道はまだ湿っていて、白線だけが変に光って見えた。


スマホを眺めながら歩く。ニュースアプリの見出しは、いつも通りに“どこかの戦争”を映している。

地下施設、資源、奪取。言葉だけが軽く滑って、現実味がない。


「……また、やってる」


口にした声は、自分でも驚くほど他人事だった。


横断歩道の前で足が止まる。信号は赤。

周りの連中も皆、同じように立ち止まり、同じようにスマホを見て、同じようにぼんやりと待っている。


その、ほんの数秒。


歩道の向こう側で、小さな傘が転がった。

子どもが追いかける。車道へ、一歩。


「危ない――!」


叫んだつもりだった。

でも音は、クラクションに掻き消された。


白いライトが視界を裂く。

トラックが曲がってくる。ブレーキ。タイヤの擦れる音。誰かの悲鳴。


俺は走った。

考えるより先に身体が動いていた。子どもの腕を掴んで引き寄せる。


「そっち行くな!」


子どもがよろけて、転ぶ。

その瞬間、俺の足が滑った。濡れた白線が、氷みたいに。


視界が横倒しになる。

冷たい空気が肺に刺さり、胸が潰れるように痛む。


次に来たのは、衝撃だった。


「あぁ……痛い」


声が、かすれて出た。

痛みが遅れて全身に広がり、温かいものがどくどくと流れているのが分かった。血だ。たぶん。


世界の輪郭がほどけていく。

音が遠くなる。空の色が滲む。誰かの声が混ざるけど、言葉にならない。


「……眠い」


視界がぼやける。

黒がじわじわと滲んで、昼の光を塗りつぶしていく。


――大学に通う途中に交通事故に遭い、命を失った。

そう理解するのに、理由も説明も要らなかった。


そして、日常は終わった。


……はずだった。


暗闇の底に沈んでいく感覚が、ふっと途切れる。

重さが消えて、痛みも、息苦しさも、全部どこかへ置き忘れたみたいに薄くなる。


代わりに、まぶしいほどの白が広がった。

上下も左右もない、奥行きだけがある空間。音も匂いも、現実のものじゃない。


「――おめでとうございます!」


声が、やけに元気に響いた。


「あなたは、厳正な抽選の結果、異世界への転生が決まりました!」


パチパチパチ、と拍手みたいな音。

同時に、目の前で光の粒が弾けて、花火みたいに散った。


「……は?」


俺は思わず、間抜けな声を出した。

喉も舌も、ちゃんと動く。さっきまで血を吐いていたはずなのに。


白い空間の向こうから、ひとりの女性が飛び跳ねるように現れた。

神々しい……のに、テンションが妙に軽い。


眩しい長い髪。装飾の多い衣装。背中に薄い光の輪。

見た目だけなら、どう見ても“それ”なのに。


「いや〜当たりですよ当たり! あなた、引きがいいですね!」

女性は両手を合わせて、さらにパチパチと鳴らす。


「……誰だよ」


俺が聞くと、女性は胸を張った。


「女神です! 転生担当でして。えっと、あなたの枠は……はい、確定! 異世界行き!」

「枠……?」


言葉が追いつかない。

事故で死んだはずなのに、次の瞬間に抽選。異世界。担当神。


女神は俺の戸惑いなんて気にせず、指を一本立てた。


「では、重要事項のご説明です。転生には手続きがありまして――」


神々しい女神は、どこからともなく分厚いファイルを取り出した。紙の束が、白い空間に似合わないほど現実的だ。


「手続き……?」

「はい。まず前提として、あなたは交通事故で死亡しました。現世での肉体は……えっと、不可逆です!」

「不可逆って、軽く言うな」


俺が言うと、女神は「てへ」とでも言いそうな顔で笑った。


「でも、あなたの場合、ポイントが高いんですよ。子どもを助けましたよね? あれ、加点です」

「加点……?」


言葉の意味が追いつかない。

死の直後に“加点”と言われても、感情が追いつくわけがない。


「まあまあ、落ち着いてください。現世に戻すのは無理です。ここから先は、あなたにとって“損しない選択肢”を用意しています」


女神は指を鳴らした。

空間に、半透明の板が浮かぶ。そこには、文字が整然と並んでいた。


【転生先:アストラリス世界】

【付与:基本言語理解/基礎身体調整】

【特典:権限付与(抽選)】


「特典……」

「そう。転生って、ただ放り投げると理不尽じゃないですか。なので、救済措置として特典がつきます。あなたの枠はこれ」


女神が板を叩くと、文字が赤く強調された。


【特典:リクラフト権限(再設計)】


「……リクラフト?」

「世界の“仕組み”に手を入れられる権限です。建物、ルール、配置、流れ。ざっくり言えば、運営側の力ですね」


運営側。

その言い方に、さっき見てたニュースがちらつく。地下施設、資源、奪取。


「待て。運営って、何の運営だよ」

「良い質問!」


女神は嬉しそうに一歩前へ出た。


「あなたの転生先は……都市型ダンジョンです!」


「……は?」


俺はまた間抜けな声を出した。

都市型。ダンジョン。現実味のない単語なのに、なぜか胸がざわつく。


「都市の地下に迷宮があって、資源が出て、秘宝があって。で、国が奪い合うやつです!」

「それ、俺がスマホで見てた“どこかの戦争”と同じじゃねえか」


女神は小さく咳払いした。


「ええ、まあ。似ています。というか、まさにそういう世界です。だからこそ、あなたみたいな人が必要なんです」

「必要って、何を――」


言い終える前に、女神の目が一瞬だけ真面目になった。


「その世界は、ダンジョンを中心に戦争が回っています。勝つために奪い、奪われないために奪い返す。放っておけば、ずっと続く」


喉の奥が、乾いた。


「……止めたい、って思った。現世でも」

「そう。その“止めたい”は、あなたの中で本物だった。だから抽選が当たったんですよ。あなたは、戦争を終わらせる可能性を持ってる」


可能性。

その言葉は、慰めにも脅しにも聞こえる。


「でも俺、ただの大学生だ。戦争なんて――」

「だから運営側に置くんです。前線で剣振らせません。あなたの戦場は“構造”です」


女神は、板をもう一度叩いた。

小気味いい音と一緒に、表示が確定色へ染まる。


「それでは――」


女神が満面の笑みで両手を広げた。


「アストラリス世界に転生いたしま~す!!」


パチパチパチ、と拍手みたいな音。

同時に、白い空間の縁がバチバチと火花を散らし、裏側が覗く。


「ちょ、待っ――!」


俺の声は途中で切れた。

足元が抜ける。重力だけが現実みたいに腹を掴む。


「うわ――!」


光が落ち、音が剥がれ、世界が反転した。

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