恋愛フラグ、お断りします。~少女漫画の王子とラブコメのヒロインが出会ったら、アンチ・ロマンス同盟を組むことになりました~

天童フリィ

恋愛フラグにうんざりです

No.1「ラブコメヒロイン・久常美幸の憂鬱」


「あ、久常ひさつねさん! おはよう!」



「おはよう、佐藤くん! 今日もいいお天気だね♡」



私、久常美幸ひさつね みゆきの声は、今日も絶好調に可愛い。長い黒髪をサラリと揺らすと、すれ違う男子たちはみんな頬を染めて振り返る。校内ですれ違うだけで発生するこのエフェクト、正直うっとうしい。

私はこの世界におけるいわゆる『ラブコメのヒロイン』だ。高校2年、身長167cm、清楚系美少女、成績優秀で生徒会副会長 。……というのは表向きの設定。



(だるい。マジだるい。早く帰って寝たい)



私の脳内は、昨夜の『推し』のライブ配信のアーカイブ視聴で埋め尽くされている。睡眠時間3時間。今すぐこの場に寝転がって「歩行キャンセル」を発動したいくらいだ。

その時だった。廊下の曲がり角で、またしても『イベント』が発生した。男子生徒がバケツに入った水をひっくり返し、床が濡れている。



「あっ、久常さん危な――」



私の足が、物理法則を無視した角度ですべる。これだ。この世界のバグだ。普通の人間なら尻餅しりもちをつく程度なのに、私が転ぶと必ず「パンツが見えそうになる」か「男子に押し倒され胸を触られる」という強制イベントが発生する。これを幾度いくどとなく経験してきた私は、世界をセクハラで訴えたい気持ちを日に日に我慢していた。



(ふざけんな。私のスカートの中は、推しにしか見せる価値はないんだよ!)



体が宙に浮いた瞬間、私は空中で体勢をひねったヒロインとしてあるまじき、柔道の「受け身」の姿勢。



ダンッ!!



華麗かれい掌底しょうていで床を叩き、私は無傷かつパンツを一切見せずに着地した。



「えっ……す、すごい反射神経だね、久常さん」



「たまたまだよ。それに怪我がなくてよかった♡」



ニッコリと微笑む。だが、スカートの下で私を守っているのは、色気ゼロのトランクスショーツ。だとしても、見られるのはいやだし、腹巻をしてることがばれかねない。冷えは万病の元。推しのライブまで生き延びるための生命維持装置でもある。




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クラス内・女子のグループ



「そ、そうだ! 久常さん、この後、駅前に新しいカフェができたんだけど……」



女子の話題というものは心底くだらないというか、どうでもいい。



「えー、すごーい! 行ってみたーい♡」



脊髄反射せきずいはんしゃでAIが生成したような相槌あいづちを打つ。だが、即座に悲しげに眉を下げた。



「でもごめんね。今日は生徒会の用事があって……」



嘘だ。用事があるのは、私の『裏垢うらあか』だ。早く帰って、Xで「昨日の供給が尊すぎて語彙力溶けた」「公式ありがとう死ねる」とポストしなければ死んでしまう。そして、早くジャージに着替えて、スルメを食べながらの推しのライブを見る至福の時間が今、目の前に迫っているのだ!!



私は逃げるようにその場を去った。あちこちに転がる「恋愛フラグ」という名の地雷原を、私は今日もスパイのように回避し続ける。

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