浅瀬の崖から告白を

ソドっちゃ

本編

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 この世界は狂っている。


 こんな事をもし口に出そうものなら、百人中九十九人くらいが「お前の方がな」と言って指を差してくるだろう。そうに違いない。私も聞く側だったのなら、多分そうしてる。


 ……でも、本当におかしいとしか言いようがないのだ。


「コメリ、次何の授業?」


 ほら、来た。

 完璧モブである私……の隣の席から、聞こえてきたテノールボイス。

 廊下側の壁に貼られた時間割を見る為に、仕方無くそちらに目を向ける。


 日本生まれ日本育ちにしては珍しい、明るめの茶髪と同色の目。センター分けのショートヘアや、誰にでも見せる爽やかな笑顔はまさに「陽キャ」そのもの。私なんかと生きてる世界が違う存在。


 高校二年生、夏休み後の席替えで私の隣になったこの男……浅瀬石あせいし 琉斗りゅうとは、何故だか分からないが、隣の席なだけの私に、ちょくちょく話しかけてくる。


 時間割、移動教室、購買のメニューなどの取るに足らない事から……部活のオフ日、体育祭の出場科目、文化祭のシフトなどの、本当に意味の分からない事まで。


 ちなみにコメリというのは私のあだ名だ。私の「米里よねさと」という苗字が、「コメリ」……某ホームセンターの名前にしか読めないという、たったそれだけの理由でそう呼ばれている。使用率はほぼ百%。小中高と、その他のあだ名で呼ばれた事は殆ど無い。


「生物」


 話したくも無くて、そうとだけ答えて、私はまた手元の本に目線を戻す。


 ……そんな事の為だけに、読書を中断される。面倒くさい事この上無い。さらに、この男がかなりモテる事が、それに磨きをかけている。


 クラスの陽な女子達は思ってる訳だ。何であんな女が気にかけられてるの、って。私が一番知りたい。

 頭の沸騰か、それともブラック陸上部で走りまくってるせいで脳みそまで筋肉になっているのか、はたまた両方か……この男は私にだけ異常に構うのだ。


 同クラスの可愛い子とか、他クラスの美人な子とかに話しかけられても二、三言で話を切り上げて。陸上部のマネージャーをしてる、凄く人気な先輩から貰ったタオルを突き返した話は未だ記憶に新しい。


 ここまで聞いたなら、「もしかして私の事好きなんじゃ?」って考えるかもしれない。実際、私もその可能性に辿り着いて、困った時期もあった。

 だが、それは間違いだ。理由は二つある。


 まず、そもそも私という人間自体に、誰かに好かれるような要素が見当たらない。


 ボサボサで天パ気味の、暗めの茶髪。ド近眼を近眼に直す為の、分厚い丸眼鏡。そばかすだらけの顔。断崖絶壁と比喩しても過言では無い身体。

 いつも考古学の本を読んでいて、話す友達もいなくて、女子が好む可愛い物の価値も最近の流行りも分からない。

 地味で、根暗で、正真正銘の陰キャの私に、今をときめく完全陽キャが惹かれる訳が無い。


 それに…………私は、知ってしまったのだ。

 あの男の秘密を。


 ある日の放課後、教室に置き忘れた本を取りに帰った時。急いでいた私は、教室のドアを勢いよく開け放って自席に駆け寄って、本を素早く取り出した。


 そして教室に別れを告げようとした刹那。私の目に、隣の席……あの男の机に置いてあったスマホが映ったのだ。


 人の事は言えないが、スマホを忘れていくなんて馬鹿だなと思って近付き、私はさらに愕然とした。

 電源が入っていた。しかも、直前まで調べ物をしていたのか、検索画面……検索履歴が並ぶ画面のままだった。


 見てはいけない。完全に事故だが、ワンチャンプライバシーの侵害で訴えられる。

 私は光の速度で目を逸らし、そのスマホを持ち主の机の中に突っ込んで教室を去った。

 突っ込んだのは、シンプルに第二の被害者を作らない為である。……いや、今考えれば、「誰かがあなたのスマホ見ましたよ」って言ってるようなものだ、終わった。

 いやでも、やってしまった……仕方無い。


 話が逸れた。私が言いたかったのは、その渦中の検索履歴だ。

 すぐさま目を逸らしたと言えど、やはり見えてしまったものは見えてしまった。

 あの男の検索履歴はこうだ。


『ピラミッド 魅力』

『死者の書 意味』

『考古学者 なり方』

『ヒエログリフ 解析』


 ここから考えるに、恐らくこの男は私と同じで考古学に興味を持っていて、同士を探していた。

 私は普段教室で空き時間さえあれば考古学の本を読んでいるので、この男はそれを見て、同士を発見。そして、私に話しかけるようになった。


 まだ考古学関連の話題を振ってこないのは、多分ハマりたてでまだ知識がついていけないかもしれない不安、それかオタクめいた言動をクラスメイトに見られなくないからだろう。


 …………いや話しかけられても困るけど。


「はい、授業始めますよ、起立」


 この男と私との長くも無い歴史を振り返っていれば、いつの間にか生物の先生が教壇に立っていた。

 もうそんな時間だったのか。慌てて机の中から生物の教材を取り出し、起立する。


 ちらりと見えた隣の席の男は、相変わらず爽やかな笑みを浮かべて陽キャ仲間と話していた。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 放課後。私以外誰もいない、夕焼け色の教室で箒を持つ。


 全体を箒で掃いて埃を集め、ゴミ箱にリリース。生物の図が書かれたままの黒板を消し、落ちた粉を雑巾で集めるようにして回収し、これまたリリース。


 …………私は、掃除当番を押し付けられている。男女で分かれている当番は、出席番号という地獄の番号で割り振られた結果、だいたい一班五人で構成されている。私の班のメンバーは陽キャで占められており、陰キャは私だけであった。

 それでも最初の方は、しっかりやってくれた。


 でも………………文化祭の時、私とあの男が一緒に回っていた、という濡れ衣によって、私は当番を押し付けられるようになった。

 私がいくら説明しても、ひとりで回っていたと訴えても聞き入れてもらえず、段々無視されるようになっていき、ついには悪口まで言われた。


 だから、諦めてひとりで掃除をしている。どうせ先生も私みたいな根暗の発言なんて気にしないだろうし、何かの物語みたいに味方が現れる訳でも無いから。

 私が堪えればいい。


 いつも通りゴミ袋をまとめ、自席に置いたままのリュックを背負う。

 ふと、窓の下を見ると、点のような栗色が動いていた。黒いスポーツバックを背負い、ユニフォームではなく制服を着ている男子生徒。


 あの男だ。


 部活は?…………いや、確か、言ってたな。「今日はミーティングだけだからラッキー」みたいな事。

 鉢合わせないように、早く帰ろう。

 …………………………?

 ……前にもこんな事が、あったような………………


「ちょっと」

 瞬間、真後ろから棘のある声が投げつけられた。

 知らない声、私、何かした?

 振り返ると、見た事も無い黒髪の女子生徒が立っていた。

 私を、睨みつけて。

「…………え」

 状況が把握できない。さっきまでこの教室には誰もいなかった筈だ。それなのに急に背後に現れたどころか睨まれている。もちろん女子生徒との接点は無い。

 ……もしかして、私に話しかけたけど無視してしまったとか?


 女子生徒は戸惑っている私を見て、怒りが頂点に達したのか甲高い声を上げて叫んだ。


「……無視しないでよ!琉斗の彼女だからって、調子に乗るのいい加減にして、っあなたなんかより、私の方が良いのに、何であなたなんか!」


 意味が、分からない。私は女子生徒の発言の殆どが理解できなかった。

 何故怒っているのか、叫ぶのか……無視なんてしてないのに、調子にも乗ってない。


 それに……………………


「…………彼女?」


 彼女とは、一般的に「付き合っている女性側」を表す言葉の筈。そして、私は琉斗……もといあの男と付き合っているなんて事は無く、只々隣の席の人という関係値である。


 誤解している。とんだ飛び火だ。


「…………あの、私付き合ってないですよ……何か、誤解が」

「嘘つかないで!どこまで性格悪いの、地味で陰キャのくせに、何で琉斗に……!」


 駄目だ、油を注いでしまった。誤解してるしてない以前に、この人の怒りボルテージを下げなければまともな話し合いはできないだろう。

 ……取り敢えず、謝罪するか……


「す、すみません」

「…………っ!」


 私が場を収めようと謝った瞬間、女子生徒は顔を歪めて私に一歩近付いた。

 そして、右手を思いっきり振りかぶり……


 あ、これ、あれだ。ビンタされる。

 堪えよう。避けられないし、堪えるしか無い。


「……………………?」


 痛みに備えて目をギュッと瞑っていたが、いつまで経ってもそれは訪れなかった。

 恐る恐る目を開くと、女子生徒の振り上げられた腕が挙手状態で固まっているのが目に入る。


 そして、その腕を掴む角張った手。

 黒髪の後ろで揺れる栗色の髪。


 …………渦中の人物、浅瀬石が女子生徒の腕をギリギリと絞めるように捕らえていた。

 ……何故?そもそも、さっきまで、校舎の外にいたのでは?


 浅瀬石は冷えた瞳で女子生徒を見下ろし、耳元に何かを囁いている様子だった。


 呆然とした表情だった女子生徒の顔色がみるみる悪くなっていく。

 そしてそのまま腕を離され、逃げるようにして去っていった。


 一瞬間に静かになった教室。

 思考停止、フリーズ状態の私と、彗星の如く現れた浅瀬石。


 暫くして、先程の剣呑とした表情が錯覚かと思えるくらい申し訳なさそうな顔で、浅瀬石が私に話す。


「ごめん。…………さっきの奴には後で言っとくから」

「………………さっきの人とは……どういう関係、なの?」


 気になって聞くと、浅瀬石は途端に苦々しい顔つきになった。


「あいつは、同期のマネージャーで……」


 同期。同学年という事だ。あの女子生徒が他学年で、そのせいで誤解したのなら分かるが、同学年。

 最悪の誤情報が流布している可能性も出てきた。


 浅瀬石はこの誤情報を知っていないだろう。知っていて私に話しかけているのなら……それほど同士を失うのが嫌なのか。


 正直、浅瀬石関連で突っかかられる事は凄く多い。私と外界の関わりの八割はそこにある。

 今までは何となく躱してたし、別に良いかなと思っていたが……今日みたいに直接手を上げられたのは初めてだ。

 私が堪えれば良いとは言え、怪我は出来るだけしたくないし、怪我させるのは流石に一線を越えている。


 丁度いいタイミングだから、言うか。


「私、その人に、私とあなたが付き合ってる……って言われたんだけど」


 そう切り出すと、浅瀬石は目を大きく見開いて愕然としていた。

 やっぱり、浅瀬石は知らなかったのだ。


「正直、今までで、あなたが私によく話しかけているとか、あなたと私が文化祭を回っていたとか、そういうよく分からない理由で女子に避けられてたりしていたの。それで、さっきの事もあって、あなたは…………あなたは、何で私と関わるの?」


 少なからず感じていた気持ちが、棘となって現れていく。

 浅瀬石は真っ青な顔で佇むばかりで、返事をする事は無かった。


 恐らく浅瀬石は自らの魅力と、それが引き起こす嫉妬絡みで知らず知らずの内に人を傷付けていた事がショックなんだろう。


 私は溜息を吐き、置かれたままのゴミ袋と共に浅瀬石の隣を横切る。


 これくらい言っておけば、浅瀬石も私と関わろうとは思わない筈だし、これから私に話しかける人はいなくなる。


 ………………嫌だな…………でも、もうどうしようもない。私にはどうする事もできない。

 何もせずに、只生きるだけの生活に戻るだけだ。

 堪えるしか無い。堪えるしか……


「苺」


 背後からぽつりと呟かれた言葉に、足が止まった。


 私の、名前。発生源は………………浅瀬石……?


「なんで…………なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでっ、なんでそんな事言うんだよ!?」


 …………は?


「言ったじゃないか、俺に、好きだって、なんで、俺達両思いだろ!?なんでそんな事、お、俺の事嫌いになったのか、でっでも、言っただろ、なんで!」


 浅瀬石の言っている言葉の意味が分からない。日本語として問題なく聞き取れている筈なのに、内容が理解できない。


 好き?両思い?

 何を、言って…………


「なあ、なんでだよ、なんで俺を置いていくんだよ、なんで置いていったんだよ、答えろよ、苦しかったって言っただろ、早く言えばって言ってただろ、だから、俺は、っ」


 浅瀬石の手が伸びて来て、私の肩を掴む。

 逃げようとして、振り解こうとして後退するも、等間隔で距離を縮められて……

 気付いたら私は壁際まで追い詰められていた。


 なんで、なんでと混乱しながら叫ぶ浅瀬石。

 …………掴まれた肩が痛い。頭も痛い。

 何だ、この状況は、全く理解できない。想像もできなかった。


 でも……でも何故か、前にもこんな事があった気がしてならない。

 絶対に無いのに。

 無い筈なのに。


 既視感が、消えない………………




『―――!今日も部活か?そうか、俺もだ!気を付けて行けよ、一昨日も階段で転びかけてただろ?あ、終わったら一緒に帰ろうぜ!それで、この前言ってた店行って、アイスな、アイス食おう!』


 知らない、誰?


『―――、テストどうだった?は!?何でそんなに高いんだよ、俺の見ろよ、でさ、頼むからここ教えてくれ!全く分からないんだ、これ絶対将来使わないのに、何でやる必要あるんだか、とにかく、放課後図書室来てくれよな!』


 分からない筈なのに………………胸が、酷く痛い。


 モカグレージュのショートヘアー、センター分けの前髪を靡かせて走る男子。

 瞳は綺麗なアイスブルーで、明らかに日本出身ではない。


 私は…………その男子が校庭を走っている様子を、いつも窓の内側から見ていた。

 晴れの日も、曇りの日も、暑い日も、寒い日も、部活があった日も、無かった日も……ずっと。


 足を滑らせて、階段から落ちた日も。


『―――……?お、おい、どうした、―――!おい、返事しろ、おい!なっ、なんで、おい!だ、だれか!救急車を…………』


 その日は、部活が終わったら一緒に遊ぼうと、校庭で待ち合わせをしていた日だった。

 待ちきれなくて、いつもより早く校庭に行こうとして……急いでて……視界が揺れたと思ったら、冷たい床に倒れていて。

 足が変に熱くて、腕も燃えてるように痛くて、頭は段々ぼんやりしていって。


 ああ、落ちたんだって感じて、これは死ぬ奴だって思って。

 いつの間にか近くにいた男子……片思いしてた男子に、途切れ途切れに告白して。


 その後、私は死んだ。


 そして、私はここにいる。


 ……これは、私の前世の記憶だ。


 倒れてもう息も絶え絶えな私に、男子は泣きながら、狂ったように叫ぶ。


『なんで、なんで、なんで、なんでっ…………』


 私は動かないのに、もう死ぬのに、ずっとそう言って。

 最期まで、叫び続けた。


『ベイリー、ベイリーっ、ベイリー……!』


 男子……クリフォード・ロイルは、私の名前を叫び続けた。




「なんでだよ……苺!」


 ……そして、今も。


「…………クリフォード……クリ、フ……?」


 私がそう呼びかけると、浅瀬石の声がぴたりと止んだ。そして、信じられないものを見るかのように、私をじっと見つめた。


「……ベイリー」


 浅瀬石は前世の私の名前を言った。私は浅瀬石を見つめ返した。

 浅瀬石の顔が近付いて来る。切実な顔。


「思い出したのか……!?」


 熱意に若干ビビりながら、軽く頷く。

 刹那、私は浅瀬石に抱きしめられていた。


「良かった……っ、俺は……クラス替えの時から…………苺を見続けて、気付いたんだ、苺がベイリーだって…………茶髪も、丸縁の眼鏡も、ちょっと隈ができてる目元も、垂れ目も、考古学の本を読んでる所も、面倒そうでも忙しくても話してくれる所も、廊下の張り紙を歩きながらちょっとだけ見る所も、運動が苦手で体育祭は障害物競走にしか出ない所も、困ってる人を出来るだけ助けようとして結局話しかけられない所も、怖いのが苦手な所も、やっぱり階段から落ちやすい所も……全部ベイリーに瓜二つで、でも苺は俺を見ても何も思い出さなくて。だから、ずっと話してれば、もしかして俺がクリフだって気付いてくれると思って……ゴミみたいな陸部で走り続けて、バカみたいな点数取って、笑顔振り撒いてた、ずっと。でも、苺は全然気付かなくて。変な女子ばっか俺に告白して。釘を刺しても刺しても言う事聞かない奴ばっかで。苺を虐めないように強く言ったのに、手上げて。ごめんな、俺、苺の事守ってやれなかった。来世では絶対幸せにするって言ったのに、俺、できなかった。俺……」


 浅瀬石は泣いているようだった。

 私は、浅瀬石のマシンガントークみたいな告白の異常さに気を取られていたが、暫くして、仕方無いのかもしれないと思った。


 目の前で、普段言葉を交わしていた友達が死にかけていて、しかもずっと好きだったと告白された後死なれたのだ。

 病まないのは逆におかしい。私だったら確実に病んでいる。


 …………だからといって、先程の告白で明かされた浅瀬石の行動は、完全なストーカー行為である。

 まだ少年法で守られてる年齢とはいえ、訴えられなくも無いような気がするし……

 と言うか、全然気付かなかった。ステルス機能の無駄遣いだ。


「取り敢えず……浅瀬石、一旦離れて」

「なんで」

「……感動の再会だけど、客観的に見たら私達は席が隣なだけのクラスメイト同士だから」

「いいだろ、クラスメイトなんか」

「……そういう所だよ」


 私は浅瀬石の胸を強く押し、無理矢理壁際から脱出した。

 浅瀬石は、不満げな顔ながらも私から手を離し、代わりのように、自らの凶行で放り投げられたゴミ袋を手に持った。


「……ゴミ、捨てて良いか?」

「いいけど、私一緒には行きたくない。また女子に勘違いされたら嫌だから」

「…………分かった。それに……暫く、話しかけないようにする。」

「それに、苺って呼ぶのも止めて。さっき勝手に呼んでたけど、少なくても人前では絶対止めて。それに、私をずっと見るのも止めて。やっぱり勘違いされるから」

「……い、あ……コメリ…………お、俺の事嫌いに」

「なってない、でも、コメリも止めて。……どうしても呼ぶ時は、米里」

「……うう…………分かった、せめて、メールだけ交換させてくれ」

「…………それくらいなら」


 ここぞとばかりに注文をつけられて涙目の浅瀬石に、メールアドレスを表示したスマホを突き出す。

 メールくらいなら良いだろう、別に見られる訳じゃないし……また、凶行に走るかもしれないし。


 メールを交換して、妙な雰囲気になった教室。

 浅瀬石はスマホをポケットにしまい込み、改まって私に向き直った。


「って事で……メールは送っても良いよな……?」

「まあ、メールならね」

「…………ありがとな」


 浅瀬石は不安そうに私を見て続けた。


「…………米里は…………俺の事…………好きか……?」

「………………まあね」

「…………もし………………もし…………誰も、米里の事、虐めなかったら…………俺と、付き合ってほしい……今度は…………絶対幸せにするから」


 窓から差し込む夕陽が、浅瀬石を照らす。

 私は大きく呼吸をして……返事をする為に、口を開いた。


――――――――――――――――――――――――――――――――


「ねえ、琉斗……話って何?」


 放課後の部室、でも今日はオフだから誰もいない空間だ。


「お前も分かってるんじゃないのか、俺が何を言いたいのか」


 そう冷たく言えば、目の前の女は何を勘違いしたのか、顔を赤らめさせて俺に近寄ってきた。


「琉斗……」


 気持ち悪い、そんな声で俺の名前を呼ぶな。

 足を強く引いて、十分に距離を取った上で俺はこの勘違い女に釘を刺す。


「何勘違いしてるんだ、お前。俺が言いたいのはな、金輪際俺に近寄んなって事だ」

「え」


 そう言うと、女は呆然として、うんともすんとも言わなくなった。


 これまでに何度も何度も、苺を変な目で見る度に、俺の前で苺の悪口を言う度に、苺を虐めようとした度に同じ事を言ったのに……物覚えが悪いどころか理解力も無いのか、こいつ。


「俺に近寄んな、話しかけるな、俺と話してる他の女に嫉妬すんな、邪魔すんな、傷付けんな、まあ取り敢えず俺と関わるな」


 端的に、馬鹿でも分かるように噛み砕いて説明しても、何にも言わない。


 こんな奴に時間を割くくらいなら、苺にメールを送った方が何倍も有意義な時間だったのに、こいつのせいで……


 だって、こいつらを消さないと、俺は苺と付き合えない。

 俺には、早く苺を幸せにする使命があるのに。こいつらが邪魔をする。


 本当に俺の事が好きなら、さっさと俺らの前からいなくなって欲しい。

 苺がそうだったように。


「分かったか?」


 女に問いかける。女は原色の白に近い顔色で震えるように頷いた後、逃げるように部室を出ていった。


「はぁ………………」


 溜息を吐き、もう家に着いたであろう苺にメールを送る。俺が駐輪場に着いた時に既読が付き、一拍置いて猫のスタンプが画面に表示された。

 リアクションを付け、電源を切り、苺に心配されたからヘルメットを被って下校する。



 苺は可愛い。ふわふわしてて、苺のショートケーキみたいで、思わず食べそうになるくらい、可愛い。


 ベイリーだった頃からの性格だが、苺は極端に自己肯定感が低いきらいがある。


 文化祭の時、俺と同じ客引きのシフトだった苺は、そのままでも最高に可愛いのに、ちょっと化粧をしていた。

 しかも、クラスの出し物がメイド喫茶とかいう苺を不浄な視線に晒すゴミ企画だったせいで、フリフリメイド服なんてものも着せられていて、道行く男子生徒は皆天使メイドの苺を見て、苺が恥じらった表情をしながら呼びかけた言葉を聞いて、「この子可愛いなぐへへへ」みたいな気持ち悪い顔でクラスに入っていった。


 執事コスの俺はそいつらに殺意を込めながら受付まで案内し、五秒に一度は苺をガン見して精神を回復させていた。


 敵は男子生徒だけじゃない。クラス内にいるメイドの格好をした女共やクラス外の女共が苺に向ける嫉妬とキショ感情のごちゃ混ぜ視線とも、俺は戦っていた。


 あの時は辛かったな。女共が苺を見る斜線上に俺が入り、注意を引きつけた状態で気付かれずに苺を見なくちゃいけなかったから。


 それにしても……本当に迷惑な奴らだ。クリフの時も女子に告白される事はあったが、今現在程では無かった。

 手を上げる馬鹿までいて最高に忌々しいが、結果的に苺の記憶を掘り起こすキッカケになったから、少しは感謝してやるか。


 いややっぱり許さねえ。告白を断る俺の正当な理由「好きな人がいる」を曲解して、「俺と苺が付き合ってる」なんて勘違いした上に苺を一方的に糾弾し手を上げたゴミクズだぞ。


 感謝のかのkすらやらない。そんな奴。


 ああ、何かムカついてきた。でも、後ひとり。


 後ひとり消せば、俺は苺と付き合える。今度こそ俺が苺を幸せにできる。

 そうして、苺と付き合って、段々「クリフ」でも「クリフォード・ロイル」でも無い、「浅瀬石 琉斗」として結婚式を挙げたい。


 クリフはベイリーの事が好きで、ベイリーもクリフの事が好きだったけれど…………


 俺が好きなのは、ベイリーじゃなくて苺だから。


 だから、苺もクリフじゃなくて俺を好きになって欲しい。



 ベイリーを救えなかったクリフじゃない、俺を。

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