猫の顔の洗濯屋さん

東へ西へ

第1話


 我輩は、猫の洗濯屋さんである。

 名前は管理番号CTWH−222。


 「ねーねーお願いお願い!」


 そして我輩をグラグラと揺らしているのは、我が労働先『猫Cafe HIGE』の客として来ている少女だ。


 少女に否を伝えるべく、応答ランプを赤色に光らせる。


 「あ、また赤になった!いいじゃん!雨降らせられるんでしょー!やってよー!」


 ピコン


 赤色ランプでそんな事は出来ないと先程から伝えているのだが、伝わっている様子は無い。

 そもそも猫用洗浄マシンである我輩に何故そんな事を求めるのだ。



 四角いヘッドパーツを稼働域の限界まで傾げ、人間のようにどうにか疑問なのだと伝えようとする。


 

 「どうしたの?お首斜めにして……あ!わかった!」


 良かった。どうにか伝わったようだ。


 「なんで雨降らせたいか知りたいんだね!」


 違う。


 

 少女はこちらの意図など無視したようにまたべらべらと聞いても無いことを喋り始める。


 「あのねあのね、お気に入りの傘を使って、パパママとお散歩したいの!猫さんみたいな傘でね、てっぺんにお耳がついてるの!」


 知らないが。


 「でもさー、この街に引っ越してから1回も雨が降ってないんだもん。パパもママもなんか機械の街のせいび?だって前よりずっと忙しそうにしてるし。今日だってホントは二人とも来るはずなのにパパがお仕事だって、いなくなっちゃうし。でさ……」 


 ぶつくさ愚痴が止まらない少女を無視して、内部カメラを反転し、店内の様子を確認する。



 ソファ席に座って、店主殿に向かって謝っている。なに?備品を勝手に触って申し訳無いだと?その通りだ。

 

 …………違う、店主殿。全然気にしないでいいですー、じゃない。おもちゃみたいなもんなんでー、では無いぞ店主殿。



 主に見捨てられ半ば諦めて少女の方にカメラを向ける。



 「ねぇ!ちゃんと聞いてる!?」


 

 辞め給え。ボディを掴んで揺らすのは辞め給え。


 途中から聞いていなかったが、揺れを止める為に人間の頷く真似をする。



 「もー……。で、国語で習ったの。猫さんのお顔を洗うと雨が降るんでしょ?君、さっき猫さんのお顔洗ってたんだから、雨降らせられるんでしょ!?」


 無茶な事を。そもそもそのことわざは『酉陽雑俎』の「猫洗面過耳則客至」が由来だ。

 

 猫が顔を洗って耳を過ぎると、客が来る。

 招き猫と同じような験担ぎに過ぎない。



 雨に関係も無いのに、猫が顔を洗っただけで雨が降るわけなかろう。



 「お願いお願いお願いー!」

 

 またグラグラしだした。

 

 …………仕方がない。


 雨が降るようなパフォーマンスをして、これが限界だと納得してもらおう。でなければ、この揺れで近い内にパーツが破損してしまう。


 洗浄用のアームでグイと少女を押す。人間の手を払う動きを真似して距離を取らせる。先程からのこの騒ぎのせいで猫殿達も離れてしまった。この1匹、この店の真なる首領ドン、もち殿を除いて。


 丸々と脂肪を蓄えたその巨体は、少女が騒いでも気にした様子も無く欠伸をしている。


 申し訳無いがご協力願おう。


 足のベルトコンベアをキュルキュル動かし、もち殿の近くへゆく。ボディからシャワー、なんでもピカピカ万能シャンプー、タオル等の洗浄用品を取り出す。


 アームでわしりともち殿を摘む。大半の猫殿はこの段階で暴れるのだが、もち殿はふてぶてしい顔をしているだけで何も動かないのでありがたい。


 万能シャンプーを注ぎ、アームでワシャワシャ全身を泡立てる。温かいシャワーで洗い流しながらブラシで毛を丁寧に繕う。


 少女のご要望通り猫の顔もしっかりと洗う。


 ヒゲを触られるのは、もち殿も嫌なのか相応に暴れ出した。


 「二゛ャっ!」


 顔のドライヤーが終わり、固定アームを外した途端低い声と共に逃げ出してしまった。

 少女もその母親も店主殿も、もち殿に目を奪われている。


 この隙に。



 《Activate sprinkler systems to mist》


 

 

 店内のスプリンクラーを全て起動する命令を広域送信する。この命令を受け取ったスプリンクラーは防災に影響が出ない範囲で放水を行う。ずぶ濡れにならないように霧状にしてだが。


 これで雨が降る、ということで納得してもらおう。


 ソファ席の方から店主殿のあーあー、という気の抜ける声が出たのを確認すると、洗浄用の機器類を格納し、少女の様子を伺う。


 そこには目を輝かせた少女がいた。


 「すっごーい!やっぱり雨が降らせられるじゃん!じゃあじゃあ次は本物の雨を!……いだっ」


 「こら、あんまりロボットさんを困らせないの! ちゃんと雨が降らせてもらったでしょ! 帰るよ!」


 少女の母親が、拳骨をしながら少女の手をひいている。


 ズリズリと引きずられた少女が今度はホントの雨お願いね!と叫びながら店外へ出る。


 またのお越しをー、と店主殿が手を振りながら客を見送る。


 

 少女がいなくなったので放水を止める。

 

 部屋の湿気が増したことで猫殿達が一斉に顔を洗い出す。

 あのもち殿もくしくし顔を前足で擦っている。


 「女の子にお願いされちゃったねー、ちゃんと叶えたげるんだよー」


 ぽんとヘッドパーツに手を置かれながら、主殿から命令を受ける。


 命令受領はするが、機会が無いのだ。


 受領した命令を、対応可能になるまで保留状態し通常業務へと戻る。

 

 そう、我輩はただの猫の洗濯屋さんなのだから。

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