メアリーとおてんきのおはなし
姉森 寧
メアリーとかみさまのおはなし
メアリーは夢を見た。
(どうしよう……)
目が覚めてから一番に思ったのは、それだった。
ここ、オースティン侯爵領は工芸品が名物で、領主もかなり力を入れている。でも、領民の食糧になる農作物の生産をおろそかにしているわけではない。もちろん、隣のロバーツ公爵領にはかなり劣るが、「それなり」だ。
メアリーの家は粉挽きを生業としている。昔は不正が横行していた水車小屋の管理は、今ではきちんとした規則と規律によってなされている。だから、メアリーは家族と一緒に、持ち込まれた小麦を水車の動力で回す石臼でていねいに挽き、定められた手数料をもらい、たまに客から笑顔ももらい、自分たちが挽いた小麦粉でできたパンを買ったりしている。
最近、メアリーには気になっていることがある。
「お父さん、何だか小麦の質が落ちてる気がするの。あの
川の少し上流に金細工の工場ができてから、小麦の品質が低下している気がするのだ。
「偶然だろう」
しかし、父は取り合わなかった。
ある朝、メアリーが弟と二人で水車小屋への道を歩いていると、
「おはよう、いい朝だね」
ところどころ緑色が混じった白髪の、知らない小柄なおじさんに声をかけられた。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
メアリーと弟が挨拶を返すと、おじさんは水色の目を細めてにっこりした。そして、
「お嬢さん、君はとても魔力量が豊富だ。私の弟子にならないか?」
そんなわけがわからないことを言い出した。
「『弟子』?」
メアリーは首をかしげ、
「姉ちゃん、『でし』って何?」
弟はもっと首をかしげたが、
「私は魔術師で、魔力を見ることができるのだ。君はきっと有能な魔術師になれる」
おじさんはそれを気にしない素振りで話を続けた。
「そうそう、私はあの川を少し上ったところにある工場へ招かれているのだ。もし、興味を持ってくれたのなら、そこを訪ねてきて欲しい」
それから、にっこりしながら川の方へ体を向けた。
メアリーはいい機会だと考えた。それは「よし、魔術師になろう!」ということではない。
「あの、おじさん、私、あの金細工の工場のこと、何とかして欲しいって思ってるんです」
そう、最近ずっと気になっている「小麦の品質低下」についてだ。
「あの工場ができてから、この辺の小麦は質が悪くなりました。工場の偉い人とお話するんだったら、そのことを伝えてもらえませんか?」
それは初対面の人に対して不躾すぎるお願いなのかもしれない。でも、まだ十四歳のメアリーにはそれがわかっていなかった。ここでおじさんが怒ったとしても仕方ないだろう。それなのに、おじさんは怒らなかったし、メアリーの方に向き直ってから、
「承知した。必ず伝えておこう」
そうやって、にっこりのまま快諾してくれた。
それから数か月後、メアリーは十五歳になった。まだ初夏なので収穫には早いが、今年の小麦は例年よりはしっかりしていると感じていた。「しっかりしている」としかわからないが、そんな印象を受けていた。
あの魔術師のおじさんとはあれ以来会っていない。工場に会いにいったりもしなかった。なぜなら、メアリーは粉挽きの家の子供だからだ。
そんなある夜、メアリーは夢を見た。辺り一面が真っ白で、何の音も聞こえないし、なんのにおいもしない。しかも、
(……え、裸!?)
メアリーは素っ裸になっていた。
呆然としていると、
「こっちだ、こっち!」
そんな声が聞こえた。というか、「聞こえた」というよりは、「頭の中に響いた」。そんな不思議なことはこれまでに経験したことがなかったが、「こっち」と言われたのだから、そちらに進むしかないと考えた。
メアリーが「こっち」に歩いていくと、そこには黒髪を短髪にしていて、麻袋に穴を空けたみたいな服を着ているお兄さんが立っていた。
「言われる前に言っとくけど、これ、着るもんが適当なだけなんだからな!」
そのお兄さんは、メアリーが「ちょっとこれは……」と思ったのがわかったみたいだ。
でも、メアリーはそんな服すら着ていない。恥ずかしい。知らないお兄さんに見られていると思うと、余計に恥ずかしい。だから、一生懸命に手でいろいろ隠していたが、
「あ、俺は神だ。だから、お前の裸見たって何とも思わない。安心しろ!」
お兄さんが唐突にそんなことを言ったので、何となく隠すのをやめた。
その後、お兄さんはおかしなことを言った。
「最近、この国で、『交配』の研究をするやつらがちらほら現れ始めた。動物もだけど、植物もだ。そこで、お前には植物の担当になってもらう。小麦だけじゃなくて、野菜も花も、木も草もだ」
まあ、「俺は神だ」から全部がおかしいのだが、これもおかしなことだ。
「よくわかりません」
メアリーが正直に言っても、
「やってみればわかる。メアリー、お前はこれから『天候を操る聖女』になるんだからな」
お兄さんはやっぱりおかしなことしか言わなかった。
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