俺らのインターネット生物同好会!

勉強してたら引き出し壊れた

第1話 始まる!!俺らのインターネット生物同好会!

怖くない。大丈夫。俺ならできる。

真夏の熱気が体を包み込む。

立ち止まって後ろを振り返る。電車のドアはすでに閉じていた。

もう、引き返せない。行くしかない。一か月前、決心したじゃないか。

俺の名前は船場ふなば信痔しんじ

名前に痔が入る以外は平凡なぼっちの大学一年生だ。

俺はインターネット生物同好会を一か月前に立ち上げた。

そのインターネット生物同好会が記念すべき第一回目の生物採取を敢行しようとしている。

集合場所は藤沢市片瀬かたせ漁港前の広場。

神奈川有数の観光地である江の島の目の前にある漁港だ。

この場所を選んだ理由は特にない。千葉に住んでいる身からすればここは全く近所でもない。それでも、なにかにそそのかされるように不思議とこの場所を選んだ。

駅から10分くらい歩いた。ここに来た経験は初めてだった。道に迷うかと思っていたが、意外とすぐに目的地に到着した。

これが江の島・・・。広場に着いたときに驚いた。テレビでしか見たことのないものが目の前にある。これが不思議に感じた。

実物は青々しい。海の中に森が浮かんでいるみたいだ。

その森に橋が突き刺さっている。橋は観光客でずいぶんと混雑しているみたいだ。きっと島内も考えられないほど混雑して賑やかなのだろう。

一方、こちらの漁港と言えば随分静かだ。じっくり江の島を眺めたいという問いがあるなら、この場所が最適解だと思う。護岸の方に釣り人が見えるだけである。


いつまでも江の島を眺めていた。


・・・さっきから人の気配を感じない。

もう、現実を見ても良い頃ではないか?

恐る恐る、海の方から視線を移動させる。

青い芝生の上には誰一人居ない。

現在時刻は午前10時5分。集合時間は午前10時だ。

スマホを開く。チャットには確かに二人は来ると書いてあった。

なるほど、裏切られたか。

再び海の方に視線を移した。

やっぱり、無茶だったんだ。

俺が同好会を作るなんて夢物語だったんだ。

この感じ、まさに俺だな。

目を閉じると、数多の過去の記憶が再生される。

何をやってもうまくいかなかった。


中学の時、卓球部に所属していた。初めての部活でも精一杯頑張った。

結果、累計戦績0勝37敗という前人未到の偉業を成し遂げた。

地元の中学ではこの記録は今でも塗り替えられていないだろう。

高校受験は最悪だった。最後の模試では第一志望はS判定だった。合格はほぼ確実だった。それなのに、入試の日。受験会場への道を間違えた。何十分も歩いて辺りが田園風景となった時、ようやく道を間違えたことに気が付いた。もちろん、受験は認められず、志望校には落ちてしまった。

そんな俺でも高校で彼女ができた。ある日、向こうから校舎裏に引きずり込んで告白してきた。間違いなく人生で一番うれしかった瞬間だった。

だけど、その数日後。彼女から突然の絶交を強いられた。あれは間違いなく人生で一番絶望した瞬間だった。

訳を聞いても彼女は全く返事をせずに、そのまま本当に絶交してしまった。

唯一無二の理想の彼女だったのに。


こんなエピソードを語っていたらきりがない。

とにかく俺は恵まれない人間だ。

脳内では否定の声ばかり反響していた。

しかし、その声の中に異音を見つけた。

目を開ける。

これは・・・。

手元でスマホが繰り返し鳴っていた。

通知を見ると、メンション付きのメッセージが沢山届いていた。


「部長。どこにいますか?」

「まじでどこにいますか?」

「私たちずっと待ってますよ?」

「恥ずかしいってことだ!?」

「なんとか言ってくださいよ!?」


この瞬間、脳内ははてなで埋め尽くされた。

今、確かに俺は集合場所にいる。そして、彼らも集合場所にいると言う。

これはどういうことなのだろうか?

まさか、並行世界!?

つまり真実はこうだ。

俺はパラレルワールドの住人と繋がってしまったのだ。

インターネットを介して彼らと交信はできるものの、世界が違うので現実では決して交われないということだろう。


俺は理解したすべての事をメッセージとして彼らに送信した。

彼らはそのメッセージを真っ向から否定してきた。

間髪入れずに、彼らから画像が送られてきた。彼らのいる位置から撮った写真らしい。

画像には漁港と停泊している漁船が見える。その背景には江の島が映っている。

ふと、その江の島の姿に違和感を覚えた。

どうも今見えている江の島とは同じようには見えない。橋が架かっている点や象徴的な灯台は同じだが、画像の江の島には建物が沢山生えている。それに多数のヨットが停泊していて、白い江の島と呼ぶのに相応しい姿だった。

肉眼で見えている青々しい江の島とは対照的である。


新しいメッセージが届いた。

「集合場所。腰越こしごえ漁港ですよね?」


あ・・・。


ああああああああ!!!!!!!!!!!!!


腰越漁港はここから15分ほど歩いた所にある漁港だ。

当初の集合場所は腰越漁港の予定だった。しかし、駅から遠いのを理由に数日前に集合場所を片瀬漁港に変更した。

俺はこれを周知していた気でいた。だが、チャットを振り返ると集合場所を片瀬漁港に変更したという旨のメッセージが一切見当たらない。

つまるところ、集合場所の不一致が発生しているのが今の状況だろう。

先ほどまでの憂鬱で霞んだ心はすっかり吹き飛んでしまった。

今は彼らにどう弁解すればいいのか考えるのに必死だった。

ただ、すぐにそう考える時間も無駄だと気が付いた。

俺は彼らへ簡易的な謝罪のメッセージを送った後、腰越漁港へ走り出した。


はあはあ・・・。


腰越漁港に着くころには、体はすっかり汗だくになってしまった。

コンクリートに寄りかかってへとへとになりながらも、彼らを探そうと辺りを見回した。


その時だった。


「もしかして、我が部長ですか?」


その声の主が誰だかすぐに分かった。

声質もそうだが、この状況下でこの文言を放つ口の持ち主はあの人しかいないだろう。

すぐには振り返れなかった。

やはり心の奥底では恐怖を感じているのだろう。

相手が自分の顔を見たらどう思うのか、自分が相手の顔を見たらどう思うのか。

もしかしたら、このあとの自分の行動一つですべての運命が変わってしまうかもしれない。それが恐怖だった。


「な、ナギサ・・・さんですか?」


彼女のハンドルネームがナギサなのでナギサと呼んでいる。今は高校二年生らしい。

インターネットの大海原で初めて彼女と出会ったとき、ここまで俺と似ている人間がいるのかとやけに感動したのを覚えている。彼女と連絡を取り合ううちに、彼女と俺の境遇を重ね合わせて、同じような人生を送っている同じような人間だと思っていた。うす暗くてじめじめした部屋で暮らすのに相応しい人間だと思っていた。


でも、彼女の顔を見た時、はっと気づかされた。

彼女は俺の予想に反する容姿をしていた。

彼女は彼女で違う人間であり、別の人生を歩んでいるのだ。

確かに髪型や服装こそガサツで優れているとは言えないかもしれない。だが、彼女の顔は彼女の境遇と不釣り合いなほど美しかった。


顔を見たのはほんの一瞬かもしれない。

だが、その一瞬が随分と長く感じた。

「つ、つまるところこれが部長ですかー。」

「そうだね。」

「集合場所間違えるなんてびっくりですよ。」

俺は呆気に取られて会話には集中できなかった。

ふと、ナギサの数メートル後ろにもじもじしている男子がいることに気が付いた。

ナギサも何か察した様子で、彼の方を見た。

彼の正体は一目見て誰だか分かった。

「君がユウか。」

彼に近づき、そう話しかけた。

彼のユーザーネームはユーゴスラヴィアウシジマだ。ボイチャなどで便宜的にいつもユウと呼んでいる。ユーザーネームも早くユウに直してほしい。彼は高校一年生で、この三人の中だと一番生物に詳しい。

彼はそっけない返事をするだけだった。

「会長のフナバシだ。よろしく。」

相手から歩み寄る気がないなら、こちらから歩み寄るしかない。

そう思って、試しに握手の手を差し出してみた。

すると、彼もよろしくと言って手を握り返してくれた。この反応だけで十分うれしかった。


さて、無事に同好会のメンバーと合流できたわけだが、真夏の熱気を忘れてしまうほど空気は重い。この集まりを企てた張本人であるナギサですら雰囲気に圧倒されているようである。

一旦、作戦を練り直すために海の方を見た。

海の向こうには相変わらず江の島が見えた。さっき画像で見た江の島と同じ、白い江の島の姿だった。


「部長!」


突然、肩をバシッと叩かれた。振り返ると、ナギサがすぐ後ろに居た。

「早くいきましょう!釣りするんでしょう?」

彼女の瞳が輝いて見えた。

俺はてっきりナギサも初対面で緊張しているかのように思っていた。だがそれは俺の思い込みだったようだ。

彼女は俺が怖気づいてしまった事を知ってか知らずか、俺の今の気持ちを吹き飛ばすような明るい笑顔を見せた。

その笑顔を見た途端、俺も気を取り直した。

「よし。行こう。あそこへ。」

俺は海の向こうに見える江の島を指さして、そう言った。


釣りと一口に言っても、釣りにはいくつも種類がある。

今回はサビキ釣りをした。サビキ釣りは釣り人に高い技術を要求しない、初心者でも簡単にできる釣りである。

サビキ釣りにもいくつか種類はあるが、基本的な仕組みはこうだ。

仕掛けには数本の疑似餌付きの針と餌を入れるためのかごが付いている。かごにオキアミなどの餌を入れ、仕掛けを海中へ垂らす。すると、海中に餌が散らばり、その餌に魚が群がる。その魚が餌と間違えて疑似餌に食いつくと釣れるという仕組みだ。

そのサビキ釣りの釣果は微妙だった。

アジが入れ食い状態になるかななんて妄想もしていた。

でも実際は、クサフグやアイゴが数匹釣れたばかりで満足できる釣果ではなかった。

それでも、釣り自体には満足できた。ナギサやユウとも、最初こそ緊張してぎこちない会話しかできなかった。しかし、釣りが終わるころにはすっかりボイチャで話すように歯切れの良い会話ができた。

出来れば、またこんな集まりを開催したいと思った。


江の島から駅へ向かう途中。お互い名残惜しいことを遠回しに伝えていた。

「釣り、良かったよな?」

「うん。また釣りやりたいなと思った。」

ナギサが笑顔で言った。

「僕も釣りは久々だったけど、楽しかったよ。」

ユウも概ね満足している様子だ。

「だよな。次はいつどこでなにをやろうかなあ。」

俺は地平線の向こうを見ながらそう言った。

少し考える間があった。

「私はもっと人数増やして、もっと自然豊かな場所で大きな事をやりたいな。」

たしかに、俺も同感だ。

首都圏に位置する江の島でサビキ釣りを三人でしたところで大した意味を成さない。これでは高校の部活や大学のサークルに入った方が良いと思えてしまう。せっかく、インターネットで活動する同好会なのだから、もっと大規模なことがしたい。

「そのためにも、これから着実に部員を増やすことが大事だね。」

「そうだな。ユウの言うとおりだ。」

俺は心臓が高く鼓動するのを感じた。

「私たちで力を合わせて頑張ろうね。これから。」

「おう。」

夕日を背景に、ナギサもユウも目が輝いているように見えた。

この同好会の未来がどうなるのかそれぞれ思いを巡らせているのだろう。

「なんせ、俺らのインターネット生物同好会は、これから始まるんだもんな!!」

第一話の締めらしいセリフを大声で言ってみた。しかもジャンプして。

その刹那、静寂が訪れた。

周囲の観光客が動きを止め、じっとこちらを見つめている。

ナギサもユウも苦笑いをしていた。俺の顔が瞬時に火照るのを感じた。

俺はその場から逃げるように群衆を掻き分けて走り去った。

ナギサがユウを引っ張りながら俺を追う。

なにがともあれ、インターネット生物同好会の序章の幕が上がったことに違いはないだろう。これからどのような物語が始まるのか楽しみで仕方がない。

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