第二部・第10話 異常値としての家族

異常は、

数値として先に現れた。


事故回避率。

突発事象の抑止成功率。

反応速度の平均値。


いずれも高水準を維持している。

だが、ピークが下がっている。


「……低下幅は?」


分析官が、端末を操作する。


「最大時と比較して、

 平均で七・二%」


「誤差では?」


「いいえ。

 傾向が連続しています」


グラフが切り替わる。

鋭かった山が、

なだらかに削られている。


「発生頻度は?」


「減少しています」


「被害は?」


「出ていません」


会議室に、

一瞬だけ安堵が流れる。


だが、

次の言葉がそれを切る。


「“被害が出ないまま、効率が落ちている”」


「それが、

 今回の問題です」


沈黙。


「……能力の枯渇?」


「否定します」


「出力低下ではありません」


「判断の遅延です」


画面に、

複数の事例が並ぶ。


踏切。

横断歩道。

教室内の転倒。


いずれも結果は良好。

だが、

“最短”ではない。


「……迷っている?」


「正確には」


分析官は、

言葉を選ぶ。


「考えている」


その一言で、

会議の空気が変わった。


「……能力が、

 即応から外れ始めている」


「人格由来の変数が、

 増えています」


次のスライド。


【影響因子候補】

・生活環境

・学校要因

・心理的要素


最後に、

赤字で追記される。


・同居家族(兄)


「……やはり、

 そこか」


誰かが、

低く呟く。


「兄の帰宅時期と、

 低下開始が一致」


「接触頻度と、

 遅延率に相関あり」


「視線認知時、

 顕著」


数値は、

残酷だ。


「……悪意は?」


「ありません」


「能力の自覚は?」


「限定的」


「意図的な調整?」


「否定されます」


結論は、

自然に一つに収束する。


「……異常は、

 能力ではなく“関係性”」


誰も、

否定しなかった。


「対応方針は?」


責任者が、

ゆっくりと答える。


「直接介入は、

 まだ行わない」


「ただし」


「異常として正式登録」


「監視レベルを、

 一段引き上げます」


その言葉は、

命令ではない。


だが、

取り消しもできない。


「対象本人への通知は?」


「不要」


「説明は、

 逆効果です」


「能力が

 “選択肢として自覚された瞬間”

 挙動が変わる」


会議室に、

短い合意が走る。


「……兄への通知は?」


一瞬、

間が空く。


「現時点では、

 行いません」


「彼は」


言葉を探す。


「影響因子であって、

 管理対象ではない」


その定義が、

重かった。


「だが」


「因子が、

 因子のままで居続ける保証もない」


記録が、

確定される。


【事象分類:能力挙動異常】

【要因:心理・関係性】

【対応:非接触管理継続】


同時に、

備考欄に追記。


【兄妹関係の変化を注視】


会議は、

それで終わった。


その頃。


家では、

夕方の光が差し込んでいた。


妹は、

ノートを閉じる。


「……」


数値は、

自分でも分かっている。


下がっている。

迷っている。


理由も、

分かっている。


(……兄)


扉の向こうで、

足音がする。


近づく音。


妹は、

背筋を伸ばす。


一番、

効率のいい姿勢に戻す。


それでも。


胸の奥に残った誤差は、

 消えなかった。


世界は、

それを“異常”と呼ぶ。


だが、

本人にとっては。


それは、

ただの選択肢だった。


第二部は、

次の段階へ進む。

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