第二部・第4話 触れずに、囲う

最初に決まったのは、

“行かない”という判断だった。


直接会わない。

直接話さない。

制服も名刺も出さない。


それでも、

何もしないわけではない。


「対象は未成年」


「同居者は、第一部の特異点」


「敵意なし、悪意なし、能力自覚なし」


条件は揃っている。


だからこそ、

強硬手段は使えない。


「……壊したら、

 取り返しがつかない」


その一言で、

方針は固まった。


接触はしない。

代わりに、環境を整える。


最初に動いたのは、

学校だった。


担任が変わる。

保健室の常駐時間が延びる。

カウンセラーが定期的に巡回する。


理由は、

もっともらしい。


「最近、情勢が不安定だから」


次に、

通学路。


信号のタイミングが微調整される。

見通しの悪い角にミラーが増える。

警備員が一人、配置される。


誰も疑問を持たない。


さらに、

地域。


防災訓練の頻度が上がる。

町内会の連絡網が更新される。

救急車の待機位置が変わる。


すべてが、

“善意”で説明できる。


「……囲いましたね」


誰かが、

静かに言った。


「ええ」


「能力を止めずに」


「発動機会そのものを減らしています」


地図が更新される。


事故予測率。

衝突確率。

突発事象発生率。


すべて、下がっている。


「……これは」


「能力を管理しているのではありません」


「生活を管理している」


その言葉に、

誰も反論しなかった。


「本人への説明は?」


「不要です」


「気づかせない方がいい」


「能力は、

 “意識した瞬間に変質する”」


会議室に、

短い沈黙が落ちる。


「……特異点本人には?」


一拍置いて、

答えが出る。


「現時点では、

 知らせない」


「彼は、

 もう十分抱えています」


それは、

配慮だった。


同時に、

判断でもある。


「ただし」


「もし、

 家族関係に歪みが出た場合」


「即座に、

 次の段階へ移行します」


次の段階。


その言葉の意味を、

誰も説明しなかった。


その頃。


家では、

夕方のニュースが流れていた。


「最近、

 事故が減ってるらしいね」


兄が、

何気なく言う。


妹は、

食器を拭きながら答えた。


「そうなんだ」


「いいことじゃない?」


「うん」


その会話に、

嘘はない。


妹は、

本当にそう思っている。


「……兄ちゃん」


「もしさ」


一瞬、

言葉を探す。


「もし、

 誰かを助けられる力があったら」


「使った方が、

 いいと思う?」


問いは、

軽かった。


だが、

兄は少しだけ間を置いた。


「……使う理由と、

 使った後を考えられるなら」


「使っても、

 いいんじゃないか」


妹は、

小さく頷いた。


「そっか」


それで、

話は終わる。


だが。


その背後で。


世界は、

 すでに妹の力を前提に、

 配置を変え終えていた。


触れない。

縛らない。

命令しない。


それでも。


逃げ場は、

 静かに消えていく。

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