第二部・第2話 観測された結果
最初に異変として記録されたのは、
事故ではなかった。
午前七時二十二分。
住宅街。
通学路の交差点で、
トラックが信号を無視した。
ブレーキ痕はない。
運転手の証言は一貫している。
「見えなかった」
横断歩道には、
中学生が三人。
結果から言えば、
全員無傷だった。
ただし、
おかしかった。
ドライブレコーダーの映像では、
トラックが交差点に進入した瞬間、
一人の少女が前に出ている。
押したわけではない。
引いたわけでもない。
肩に手を置いただけだ。
その直後、
三人の立ち位置が同時に変わる。
ほんの数十センチ。
だが、
タイミングが揃いすぎている。
次のフレームで、
トラックが通過する。
「……偶然にしては、
反応速度が異常です」
分析官は、
淡々とそう告げた。
別の映像もある。
午後四時十分。
商店街。
包丁を持った男が、
走って逃走。
警察が到着する前に、
男は地面に伏していた。
取り押さえたのは、
通行人の女性。
怪我はない。
服も乱れていない。
ただ一つ。
制圧に要した時間が、
〇・三秒。
「……武道経験は?」
「ありません」
「能力使用の痕跡は?」
「確認できません」
だが、
身体データだけが残っている。
瞬間筋出力。
反応速度。
姿勢制御。
どれも、
訓練では説明がつかない数値。
「……第三件目です」
そう言って、
端末を切り替える。
小さな火災。
高所からの転落未遂。
暴走自転車。
共通点は一つ。
必ず、
“誰かが一歩踏み出している”。
しかも、
踏み出した本人は言う。
「考える前に、
身体が動いた」
「怖くなかった」
「理由は、
よく分からない」
会議室が、
静かになる。
「……偶発的能力覚醒?」
「いいえ」
分析官は、
首を横に振った。
「統計的に、
同一傾向が強すぎます」
「まるで――」
言葉を、
選ぶ。
「同じ設計思想の能力が、
複数箇所で使用されている」
その時、
一人が小さく息を呑んだ。
「……対象地域」
「全部、
同じ生活圏です」
住宅街。
通学路。
商店街。
半径、
数キロ。
「……管理対象の、
自宅周辺ですね」
空気が、
一段重くなる。
「本人は?」
「現在、
自宅療養中」
「能力使用は?」
「本人による使用記録は、
一切ありません」
沈黙。
「……つまり」
誰かが、
言葉を継ぐ。
「本人が何もしなくても、
影響は外に出る」
その時点で、
結論は出ていた。
だが、
誰も口にしない。
代わりに、
一つの名前が、
資料に追加される。
【同居家族】
【未成年】
備考欄に、
短く書かれる。
【能力使用の可能性あり】
その頃。
自宅のキッチンでは、
妹が包丁を置いていた。
切り口は、
均一。
「……」
一瞬だけ、
自分の手を見る。
指先に、
力が残っている。
「……今日は、
ちょっと使いすぎたかな」
独り言。
だが、
表情は変わらない。
「でも」
「間に合った」
その言葉は、
誰に聞かせるでもない。
玄関の方から、
物音がする。
「兄ちゃん?」
返事は、
すぐに返る。
「……ああ」
声は、
いつも通り。
妹は、
小さく息を整えた。
背筋を伸ばす。
歩幅を調整する。
一番、
効率のいい姿勢に戻ってから、
リビングへ向かう。
世界は、
まだ何も知らない。
だが。
すでに結果だけは、
観測されていた。
第二部は、
静かに、
しかし確実に歪み始めている。
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