第44話 正解が三つあって、どれも選べなかった
会議は、
静かに始まった。
怒号も、
罵声もない。
ただ、必要な人間だけが揃っている。
政府代表。
軍。
医療・分析部門。
能力管理機関。
異世界連合の調停官。
議題は、一つだけだった。
【対象個体の今後の扱いについて】
最初に口を開いたのは、
軍の代表だった。
「結論から言います」
「殺すことはできない」
誰も、
驚かなかった。
「倫理的な理由ではありません」
「リスク管理の問題です」
「この個体は」
「死亡時に、
能力がどのように作用するか
一切分かっていない」
「最悪の場合」
「“死”そのものが、
大規模な確率歪曲を
引き起こす可能性がある」
分析担当が、
補足する。
「現在確認されているだけでも」
「幸運は常時発動」
「悪運は命に関わる際に自動発動」
「この二つが、
死亡判定にどう作用するか」
「未観測です」
「観測できない以上」
「殺す判断は、
最も危険な賭けになります」
結論。
殺せない。
次に、
政府側が続ける。
「では、
放置は可能か」
「……不可能です」
理由は、
明確だった。
「対象は」
「意識の有無に関わらず」
「生存しているだけで、
周囲の選択肢を歪める」
「治療ログが、
すでにそれを示しています」
「つまり」
「管理されない状態で存在すること自体が、
社会リスクです」
「隔離だけでは、
足りない」
「存在を“無関係”にすることが、
できない」
結論。
放置できない。
残る選択肢は、
一つだった。
「英雄として扱うか」
その瞬間。
異世界連合の調停官が、
初めて強く首を横に振った。
「それは、
最悪の選択です」
会議室が、
静まり返る。
「英雄化は」
「個体を、
“意志ある象徴”に変える」
「その瞬間」
「世界は、
彼に“期待”を乗せる」
「期待は」
「行動を強制し」
「行動は」
「確率の歪みを、
意図的に誘発する」
調停官の声は、
淡々としていた。
「彼の能力は」
「“選ばないこと”で
成立してきた」
「英雄にした瞬間」
「彼は、
選ばされる」
「それは」
「世界規模の
事故になります」
誰も、
反論できなかった。
結論。
英雄にできない。
三つの選択肢が、
すべて否定された。
殺せない。
放置できない。
英雄にできない。
沈黙が、
長く続く。
「……では」
誰かが、
喉を鳴らす。
「どうする?」
その問いに、
能力管理機関の代表が答えた。
「管理します」
短い言葉。
だが、
意味は重い。
「個体を、
社会から切り離す」
「行動を制限する」
「情報を制御する」
「存在を、
“事件”ではなく
“現象”として扱う」
それは、
保護でもない。
利用でもない。
「……収容ですか?」
「違います」
「管理です」
「彼を、
使わない」
「だが」
「使われないようにする」
異世界連合の調停官が、
ゆっくり頷いた。
「その判断」
「連合としても、
支持します」
「彼は」
「英雄ではなく、
災厄でもない」
「特異点です」
「扱いを誤れば、
世界が壊れる」
「だから」
「世界が、
彼を扱う」
決定が、
記録される。
【対象個体:特異点認定】
【扱い:管理対象】
【前線投入:禁止】
【英雄化:禁止】
【情報公開:制限】
それは、
終身に近い決定だった。
会議が、
終わる。
誰も、
勝った顔をしていない。
誰も、
間違えたとも言えない。
ただ。
誰も、
救われていない。
隔離区画の向こう。
主人公は、
まだ眠っている。
自分が、
何に決められたのかを
知らないまま。
第一部は、
ほぼ終わった。
残るのは、
一話。
“この物語に、
名前を付ける話”だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます