第37話 それは、救助だった

意識が戻ったとき、

最初に分かったのは――暗いということだった。


目を開けているのか、閉じているのか、判断がつかない。

光がない。

上下も、左右も、分からない。


ただ、

重い。


全身が、押さえつけられている。


呼吸をしようとして、

肺が動かないことに気づく。


痛みは、ない。


正確には、

痛みを感じる回路が、死んでいる。


「……反応、あり」


遠くで、声がする。


「生命反応、確保」


その言葉は、

感情を含んでいなかった。


喜びも、焦りも、

どちらもない。


「……瓦礫、慎重に」


金属が擦れる音。

コンクリートが割れる鈍い振動。


俺の上にある“世界”が、

少しずつ、どかされていく。


「……被曝、確認」


「レベル?」


「……高い」


一瞬、

間が空いた。


「……でも、生きてる」


その言い方は、

不思議そうだった。


英雄を見つけた声じゃない。

奇跡を見た声でもない。


壊れているのに、

 動いているものを見つけた声だ。


視界に、

光が差し込む。


白。


次に、

輪郭。


ヘルメット。

防護服。

計器。


全員、

俺を見ていない。


正確には、

俺の身体を見ている。


「……意識は?」


声を出そうとして、

喉が動かない。


代わりに、

僅かに指が動いた。


それだけで、

十分だった。


「……生存確認」


「搬送準備」


そのやり取りは、

淡々と進む。


誰も言わない。


「すごい」

「よくやった」

「助かった」


そんな言葉は、

一つも出てこない。


担架に乗せられる。


揺れが、

遠くで起きているように感じる。


「……記録、どうする?」


誰かが、

小さく言った。


「事故扱いでいい」


即答。


「詳細は?」


「未公開」


「英雄化は?」


一瞬の沈黙。


「……しない」


その一言で、

全てが決まった。


俺は、

 英雄ではない。


ただの、

危険物に近づいた作業員だ。


搬送中、

モニターの数値が流れる。


放射線量。

熱傷範囲。

神経反応。


どれも、

**“人間の想定外”**を示している。


「……これ」


医療担当が、

低く言う。


「本当に、

 生きてていい状態じゃない」


「でも」


「生きてる」


その“でも”には、

納得がなかった。


救助された後、

拍手はなかった。


歓声も、

感謝もない。


代わりにあるのは、

距離だ。


誰も、

俺に近づこうとしない。


触れれば、

被曝する。


関われば、

責任が発生する。


だから、

扱いは一貫している。


物資と同じ。


隔離区画。


簡易ベッド。


透明な仕切り。


医療チームは、

外から俺を見る。


「……名前、聞く?」


「不要」


「識別コードで足りる」


俺は、

そのやり取りを聞いていた。


不思議と、

腹は立たなかった。


当然だ。


俺自身が、

そういう扱いを選んだ。


「……成功、でいいんですよね」


誰かが、

確認する。


「人類悪は?」


「……消滅確認」


「再発の兆候?」


「なし」


「なら」


「目的達成」


その一言で、

会話は終わった。


俺は、

目を閉じる。


英雄じゃない。


犠牲でもない。


救世主でもない。


ただ。


終わらせるために、

 使われた人間だ。


そして、

ここから始まる。


“生かすかどうか”の議論が。

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