第31話 百パーセントは、まだ押さない
その日、何も起きなかった。
警報も鳴らず、
緊急通信も入らず、
前線が一つ崩れることもなかった。
だからこそ、
俺は分かっていた。
――積める日だ。
スキル画面を開く。
【保険運】
【本日未使用:幸運】
【保険ポイント加算可能】
幸運は、今日も使わなかった。
誰かに当たらなかった。
何かを拾わなかった。
生き残る理由も、
死ぬ理由も、発生しなかった。
【保険ポイント +3】
【現在の保険ポイント:3】
数字は小さい。
だが、
意味ははっきりしている。
「……三日分だな」
独り言が、
自然に出た。
百には、
程遠い。
それでも、
俺は満足していた。
なぜなら。
この能力は、
使わないことが正解だからだ。
使えば、
世界が歪む。
使わなければ、
選択肢が増える。
「……おかしな話だ」
俺は、
紙を取り出した。
第23話で使った、
制約を書き出すための紙だ。
そこに、
新しい項目を足す。
【100%天運を使う条件】
条件は、
感情で決めてはいけない。
一つ目。
人類悪が、
個体として確認されていること
曖昧な噂じゃ駄目だ。
概念でも駄目だ。
殺せる位置にいる
それが、最低条件だ。
二つ目。
代替手段が、
すべて失敗していること
軍事。
外交。
倫理。
時間稼ぎ。
どれか一つでも可能性があるなら、
100%は押さない。
三つ目。
自分が死んでも、
作戦が成立すること
ここで、
ペンが止まった。
「……いや」
書き直す。
自分が死ぬ前提で、
作戦が成立すること
これは、
重要な違いだ。
生き残る可能性がある作戦は、
100%天運を使う理由にならない。
「……俺は、
保険を使う側じゃない」
「保険になる側だ」
四つ目。
一度きりで、
終わること
連鎖しない。
再現されない。
真似されない。
「英雄の再現性」は、
人類悪より危険だ。
五つ目。
失敗した場合、
世界が“次の手”を打てること
これが、
一番重い。
俺が失敗して、
世界まで詰んだら意味がない。
俺は、
世界の最後のカードじゃない。
一枚、
燃やすためのカードだ。
条件を書き終え、
紙を見下ろす。
「……揃ってるな」
恐ろしいことに、
ほとんどが、
すでに満たされつつある。
人類悪は、
個体として確認された。
代替手段は、
時間を稼げていない。
世界は、
個人最強を前提にし始めている。
残っているのは、
二つだけだ。
「……位置と、
方法」
俺は、
スキル画面を閉じた。
【保険運:3】
【天運:自動発動・週1】
まだ、
押さない。
だが、
押せる準備は、
すべて終わった。
そのとき、
指揮所に小さなざわめきが走る。
「……人類悪、
移動を開始」
「次の進路、
予測不能」
俺は、
立ち上がった。
「……百を積む時間は、
なさそうだな」
だから。
「百にする方法を、
別で用意する」
その方法は、
まだ口に出さない。
口に出した瞬間、
それは“計画”になってしまうからだ。
今はまだ。
決断の準備で、
十分だ。
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