第26話 人類悪は、個人ではない

会議は、戦場から切り離された場所で行われた。


地下でも、要塞でもない。

異世界連合が用意した“中立空間”。

どの世界にも属さず、どの文明の色も持たない、ただ話すためだけの場所。


装飾はない。

象徴もない。

必要なのは、情報だけだった。


出席者は少ない。


地球側代表。

異世界連合の仲介官。

そして、

“観測権限”を持つ者数名。


俺も、その一人として席に着いていた。


「議題を整理します」


異世界連合の仲介官が、淡々と切り出す。


「アメリカ戦線で発生している異常事象」


「戦闘ログが成立しない規模の損耗」


「敵個体の未確認」


空間に、

映像ではなく要約が浮かび上がる。


数値。

傾向。

統計。


「まず、前提を確認しましょう」


仲介官は、

感情のない声で続ける。


「この事象は、

 通常の戦力投入ではありません」


誰も、

反論しなかった。


「異世界連合は、

 四つの異世界による同盟体です」


「各世界は、

 それぞれ切り札を持っています」


「今回、

 その一つが投入されました」


言葉が、

重く落ちる。


「切り札……」


地球側代表が、

低く繰り返す。


「ええ」


仲介官は、

頷いた。


「ただし」


「誤解してはいけません」


「これは、

 軍事兵器ではない」


一拍。


「個人です」


空気が、

僅かに揺れた。


「個人……?」


「はい」


仲介官は、

補足する。


「異世界において、

 稀に生まれる存在」


「魔法使いの中でも、

 自分だけの魔法を生まれ持つ者」


「固有魔法」


その単語に、

地球側の何人かが反応した。


「今回の固有魔法の名称は――」


仲介官は、

一瞬だけ言葉を区切る。


「人類悪」


その場に、

沈黙が落ちた。


名前は、

強すぎる。


だが同時に、

説明的すぎる。


「定義を説明します」


仲介官が、

淡々と続ける。


「この魔法は、

 人類にとって明確に“悪”である行動ほど、

 使用者に補正を与えます」


「悪意の大小ではありません」


「倫理的判断です」


「人類の価値観に照らして、

 悪であるかどうか」


「殺害」


「搾取」


「冒涜」


「利用」


「これらが、

 強化条件になります」


地球側代表が、

唇を噛む。


「……つまり」


「人道的であればあるほど、

 弱くなる」


「非人道的であればあるほど、

 強くなる」


仲介官は、

肯定も否定もしなかった。


「補足します」


「この補正は、

 段階的ではありません」


「比例です」


「悪であればあるほど、

 指数関数的に増幅されます」


「上限は?」


誰かが、

問いかけた。


「確認されていません」


それは、

答えになっていない。


だが、

答えだった。


「では」


地球側代表が、

言葉を選ぶ。


「アメリカ戦線で起きていることは――」


「最適解です」


仲介官は、

即答した。


「戦闘を成立させない」


「抵抗を許さない」


「人間を“素材”として扱う」


「それらは、

 人類にとって最悪に近い悪」


「だから」


「最も、

 強化される」


俺は、

無意識に拳を握った。


「……一対一なら」


俺が、

口を開く。


「勝てる相手ですか」


仲介官は、

こちらを見た。


「定義上」


「負けません」


「ただし」


一拍。


「唯一、

 例外があります」


全員が、

息を止める。


「よほど、運が悪かった場合」


その言葉で、

全てが繋がった。


運。


俺は、

背筋が冷えるのを感じた。


「……なら」


地球側代表が、

掠れた声で言う。


「運がいい者を、

 使うという発想も――」


「可能です」


仲介官は、

遮らなかった。


「理論上は」


「ですが」


「それは」


「人類悪に、

 “悪を上書きする”行為になります」


会議室が、

静まり返る。


誰も、

続きを言わなかった。


その沈黙の中で、

俺は一つだけ確信した。


これは、

戦争じゃない。


倫理を、

 どこまで捨てられるかの勝負だ。


そして。


その土俵に立てる人間は、

最初から、

 限られている。

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