芸術は爆発だ(猫人アイテム商ノートンと負債の姫君外伝)

蒼空 秋

第1話

「とある怪盗から厄介な犯行予告を受けておりまして、警備を依頼したいのです」


 店にやってきたリズと名乗った女性は、そんなことを口にした。きっちりとスーツを着こなし長い髪をまとめた、やや硬い雰囲気すらある美女。聞くところによると、著名な画家であるピカッホの秘書をしているという。


「うちはアイテム商です。そういうことは、警察にご相談ください」


 俺は彼女に対し、丁寧に断りを入れる。だがリズは俺の手を取って、懇願するかのように頼み込んできた。


「それが普通の怪盗ではないのです。盗みの予告と同時に、爆破予告もされたんです」


「どういうことですか?」


「こちらをご覧ください」


 リズは内ポケットから封筒を取り出し、中身を店のカウンターの上に広げる。上質な紙には、一行だけ文章が記されていた。


 ──収穫祭の折に、爆炎と共に絵画を狙いに参上する──


「どうも予告状を出した怪盗は、〝ボマー〟らしいのです」


「〝怪盗ボマー〟ですか?!」


 俺は思わず声を荒らげる。〝ボマー〟は、王都でも最も有名な怪盗の一人であり、物質を爆弾に変えることができる魔法を扱う怪盗だ。気に入った宝を盗み、気に入らなかった宝は爆弾に変えて爆破するという、とんでもない怪盗として知られていた。


「どうか、お願いいたします」


 再び深く頭をさげるリズ。


 魔法を扱う怪盗は警察では対応しきれないことが多く、ウチのようなアイテム屋に依頼してくるケースがまれにあった。


「実はピカッホ先生は長期のスランプに陥っておられまして、今回の祭りの際に行われる個展を最後に、筆を折る覚悟の様なのです。何とか、最後の個展だけは無事に終わらせたいのです」


 ピカッホの新作がでていないという噂は聞いたことがあったが、そんなに深刻だったのか。


「引き受けましょうよ、ノートンさん。なんか気の毒だし、報酬もいいみたいだし」


 俺たちのやり取りを見ていた助手のサーシャが、そう進言してくる。確かに著名な画家だけあって、リズが示した報酬はかなり高額なものだった。


「何より年に一度の収穫祭は、みんな楽しみにしていますし、それを守るのも、ウチの使命だと思いますし」


「……わかりました。警護の仕事を引き受けましょう」 


 俺の言葉に、リズさんのクールな表情が一瞬、花のように明るくなる。


「ありがとうございます。あとこれはわたくしの個人的な依頼なのですが、先生のスランプを脱出させるための、モチベーションをアップさせるアイテムがあったら購入したいのですが?」


「そんな便利なアイテムはないですなあ」


「ノートンさん、この〝やる気スイッチ〟はどうでしょう?」


 サーシャは棚からスイッチ型の魔法具を取り出してみせてくる。


「それは呪われていて〝殺る気スイッチ〟に劣化している。あがるのはモチベーションではなくて殺意だ」


「きゃあ、怖い! こんなもの、誰が買うんですか!? スランプの殺人鬼さんとか?」


「……気の弱いお肉屋さんとかが買うんだ。すでに売却予定済だから、触らないでくれ」


「は~い、わかりました」


 しぶしぶスイッチを棚に戻すサーシャ。


「余計なことを言って申し訳ありません。警護を引き受けていただいただけで十分です。ありがとうございました」


 そういうとリズさんは丁寧に頭を下げ、その場を後にした。




 収穫祭の当日の夕暮れ時、俺たちは個展会場に来ていた。


「わあ、外は人でいっぱいですね。わたしもお祭りに行きたかったな~」


 サーシャが窓から外を眺めながらつぶやく。この仕事を引き受けるように言ったのはサーシャだろうと思ったが、俺はその言葉は心にとどめておくことにした。


「ノートンさん、お待ちしておりました」


 依然と同じくスーツを着こなしたリズさんが出迎えてくれる。


「こちらがピカッホ画伯になります。


 先生、こちらがノートン様です」


 隣にいたピカッホ先生を、俺たちに紹介してくれる。ポビットではないかと思ってしまうほどの低身長に、白髪交じりの長い髭を蓄えて初老の老人は、浮かなさそうな表情で不愛想にこちらを見つめるだけだった。確かにスランプというのは事実らしい。芸術家にありがちなオーラもなく、ただのくたびれた老人に見える。


「ノートン様のご依頼の通り、警護の人間はつけておりません。ここにいるのはスタッフだけですが、これでよろしいのでしょうか?」


「ええ。相手がボマーなら、危険がともないますから、人ではないもので警護します」


 俺は懐から穴が開いたコインを取り出す。穴には紐がとおされている。


「ノートンさん、それも魔法具なんですか?」


「これは〝カミ催眠コイン〟といって、あらゆる〝紙〟に催眠をかけ、動物だと思わせる効果がある」


「紙!? 紙に催眠術をかけるんですか?」


「ああ、そのためにこれを持って来たんだ」


 俺は大量に持ってきた黒い紙をその場に並べる。


『君たちはドーベルマンだ。勇敢で任務に忠実なドーベルマンだ。不審者を見つけたら知らせるんだ』


 俺は〝カミ催眠コイン〟を振り子のように左右に揺らしながら、紙たちに催眠をかえる。


『ワンワン』『バウバウ』


 すると黒い紙たちは立ち上がり、個展会場を警備しだした。実際の犬のドーベルマンと違い、ただの紙であるため威圧感もない。これなら客が入ってきても大丈夫だろう。


『君たちはニワトリだ。庭に不審者が入ってきたら鳴くんだ』


 続いて白い紙に催眠をかける。


 紙の鶏たちは、ヨチヨチと庭へと列をなして歩いていく。鶏を個展会場の庭に配置すれば、不審者の侵入をいち早く察知できるはずだ。


「でもこんな警備で本当に大丈夫なんでしょうか?」


「ここの絵画はすべてかなり大型のものだ。怪盗ボマーが絵画を盗むには、それなりの道具が必要になるはずだからな」


 どの絵画を盗むつもりかはわからないが、盗むにはリアカーか何かが必要になるはずだ。そこを捕らえる計画だった。いち早く発見できさえすればいい。


「せっかくの機会だ。俺達も見回りもかねて、絵画を鑑賞させてもらうか」


「はいっ」


 俺はサーシャと共に個展会場の中を歩く。すでに会場はオープンしていたらしく、まばらだがお客さんも来ているようだ。


「お祭り中の個展なのに、お客さんは少ないですね」


「まあな。みんな絵画にはそんなに関心がないのだろう」


「この絵の女の人綺麗ですね。女神様かな? こっちの絵は勇敢そうな男性の戦士、どこかの英雄かな? この民衆画も登場人物が奇麗すぎるし、なんかどれも素晴らしいけど、美しすぎる気がします」


 サーシャの言う通り、人物画は男性も女性も素晴らしかったが、浮世離れした完成度の高さだった。現実にはこんな美しい男女はいないだろう。


「それはそうだ。彼ら彼女らは、ワシの心の中にしかおらんからの」


 背後をふりかえると、そこにはピカッホ先生がいた。


「これらはワシの理想、いわばイデアの世界の住人。ワシは筆をもって、彼らを現実世界に投影したに過ぎん」


 ピカッホ先生が左腕で絵画を指さす。長年絵画を描き続けてきたその腕は、現役の騎士のように太かった。


「かつてワシは、理想の世界を現実に描きだすことに夢中だった。人生を賭け、全てを捨ててもよいと思った」


「素晴らしいことだと思います」


 そばに控えていたリズさんが賛辞の言葉を述べる。


「だが、しょせんはワシの空想、現実には存在しない空虚な存在を至高の美だと信じていた、ワシの独りよがりに過ぎない。そのことに気づいてからは、いつしか描けなくなってしまった」


 なるほど。ピカッホ先生のスランプの原因はそれだったか。


「祭りと同時に開催されるこの個展を期に、ワシは筆を折るつもりでいたのだ。だから正直、怪盗ボマーとやらの予告状を見て、ワシは内心嬉しかったよ。こんなワシの作品に価値を見出し、盗んでくれる存在がいるのだとね」


 そう語る先生の目には、すでに光は失われていた。本当に引退する気なのだろう。


「そんな事おっしゃらないでください、先生」


 リズさんは平静を装っていたが、その瞳は涙で潤んでいた。よほど先生の作品が好きなのだろう。


「ノートンさん! ドーベルマンたちの様子が変です!」


 サーシャに言われ、俺はハッとする。確かに会場内を警護していた紙のドーベルマンたちが、一斉に庭へと向かっていたからだ。


「大変です、鶏達が襲われています!」


「なんだと!?」


 任務に忠実なドーベルマン達が、鶏を襲うはずがない。だが紙の鶏達を襲うドーベルマン達は殺気立っており、正気を失っているように思えた。


「しまった! 〝殺る気スイッチか〟!」


 あのアイテムを使い、ドーベルマン達の殺意をあげ、鶏を襲うように仕向けたのか。


「──ふふふ、自らの店の商品で窮地に陥る。どんな気分かな?」


 いつの間にか目の前にいた細身の男が、不敵な笑みを浮かべながらそう問いかけてきた。あの声には聞き覚えがあった。以前店に〝やる気スイッチ〟を買いに来た肉屋の男。あいつがボマーだったのか。


「ボマーだ。みんな捕まえろ!」


 俺は周りに叫ぶと同時に、自らボマーを捕らえようと襲い掛かるが──


「芸術は、爆発だ!」


 奴が叫ぶと同時に目の前の柱の一角が爆発し、炎が俺の前を遮る。これが触れたものを爆弾にするというボマーの能力か。


(だが、どうやって絵画を盗みだす気だ!? そもそも、狙いはどの絵画だ!?)


「ふふ、私の狙いは絵画の盗みではない」


 俺の思考を読んだかのように、ボマーが嘲るように答える。


「私はこの会場の絵画のすべてを、時限爆弾に変化させた。盗む気など、最初からない」


 全部爆発させるだと? 気に入った宝を盗み、気に入らなかった宝を爆破するのが怪盗ボマーだと聞いていたが、どういうことだ?


「ワシの絵など、盗む価値もないということか……」


 先生が苦々しそうに口を開く。


「それは誤解だ先生。私の能力〝爆弾魔〟は、作った人の熱量に応じて威力を増す。そして、より美しい〝爆発〟こそ我が望み」


 そういうと、ボマーは先生を指さし、


「ピカッホ先生、貴方が情熱をこめて描いた絵画は、さぞ素晴らしい爆発をみせてくれるでしょう」


 そんな言葉を残し、ボマーは軽快な動作で窓から外に飛び出した。


「くそ、なんて奴だ。もう姿がみえない」


 さすがは怪盗。俺が窓を覗き込んた時には、既に人ごみの中に紛れ去っていた。


「それよりもノートンさん、お客さんを避難させないと」


「ああ、そうだな」


 俺はサーシャとリズさん達と手分けして、大急ぎで客たちを避難させる。


「ノートンさん、お客様は全員退避させました」


「しかし爆弾を解除しなければ、このままでは先生の絵が!」


 リズの言う通りだったが、あいにく俺は爆弾化した絵画の魔法を解除する術は持ち合わせていない。


「お前たちも逃げろ、ワシはここで絵画と運命を共にする」


「先生! そんな事おっしゃらないでください」


「怪盗にすら見捨てられた絵画だが、それでもワシの宝なんじゃ」


 自暴自棄になったピカッホ先生を、リズさんが悲痛な声で諫める。


(仕方がない、もうこの手しかない)


「サーシャ、リズさん、会場の窓を全部開けてくれ!」


「何をするつもりですか、ノートンさん?」


「説明している時間はない」


「わかりました!」「はいっ!」


 二人に窓を開けてもらっている間に、俺は懐から〝カミ催眠コイン〟を取り出す。そして絵画の前でコインを振り子のように揺らた。


『君たちは鷲だ。大空を自由に飛び回る鷲だ』


 俺の催眠にかかった絵画たちは、鳥のように体を羽ばたかせると、次々と窓から外に飛び出していく。


「ワシの絵が!?」


「すごい、飛んでいっちゃった!」


 そして祭りで盛り上がる夜空の上空に、鷲と思い込んだ絵画たちは高く舞い上がっていく。


 次の瞬間、絵画の一つが盛大な音と共に爆散した。


「おおっ!」


 驚くべきことに、最初の絵画は美しい女性の形の爆炎となったのだ。


「あれは、ワシの絵か!」


 先生が叫ぶ。絵画に描かれていた形を模した爆炎になるのか。


 さらに別の絵画が爆発する。今度は伝説で語られる英雄を描写した爆炎だった。


 羽ばたく鷲の絵画たちは、次々とその内容を模した爆炎となって、夜空を彩る。それはこの上なく壮麗な花火の数々だった。


 最後に「理想の人々」が描かれた絵画が、花火となって散った。


 突然開催された花火大火。人々はあっけにとられように、静まり返ってそれを観ていたが、


「うおおおおおおおおおおおっ!!」


「すごいっ!!」


「こんなすごい花火は初めてだ!!」


「こんな奇麗な絵だったのか」


 と次々に歓喜の声を上げた。


「さすがピカッホ画伯だ!!」


「最高だ! まさに天才!」


 花火を先生のサプライズだと誤解した民衆達。彼らは全員が会場の方を向いて、拍手と共に称賛の声を送ってくれた。それは大地が動いたと見まがうほどの、凄まじい賛辞の嵐だった。


 その歓喜を一身に受けた先生は、


「わ、ワシは何を考えていたのか……」


 と身を震わせている。見れば、目元にからは滝のような涙が流れ落ちている。


「引退などと、絵画と共に命を終えたいなどと、なんと愚かなことを……こんな素晴らしいファンが目の前にいたのに……」


 そして先生の目に力強い光が灯っていくのが、ありありと理解できた。


「引退は撤回だ。リズ君、すぐに新作の準備にかかる。アトリエに戻るぞ!」


「は、はいっ。先生!」


「芸術は、爆発だ!!」


 先生は最後にそう叫んで会場を後にした。


「もうしわけありませんが、これで失礼します」


 リズさんは慌てて頭を下げると、駆け足で先生の後に続いた。


 去り際にリズさんは俺たちにだけわかるように、満足そうに微笑みながら右手でⅤサインを向けてくれていた。


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