押し入れの男

 世界が、怖かった。

 なぜお前らは俺をそんな目で見るんだ? 俺が変か? そんなに変なのか?

 暗い視線に耐えきれなくて、引きこもった。これでもうお前らは俺を見ることはない、これで清々しただろう、と自虐的な思いで引きこもった。が、全くもって改善しなかった。

 母と二人暮らしの家。回りを見渡すと、すぐに原因が分かった。テレビ、写真、ポスター。家の中にも、依然として人の目はあった。なによりも、母親がいる。自分の部屋にいても、母親の生活音が俺をじわじわとあぶり責めにする。

 俺はやがて、押し入れで生活するようになった。

 閉塞感が、俺に安寧を与えてくれた。食事も、押し入れの中で摂った。しかし、それでも母の気配はする。暫くすると、俺は押し入れの中の金庫に閉じこもった。身体を最大限に縮めて、関節を外し、目を閉じて。

 しばらくすると、それでも足りなくなった。金庫になぜか入れられていた、マトリョーシカに入った。足りない。一回り小さなマトリョーシカへ。足りない。次、足りない。次、足りない。次、足りない。次、足りない──

 

 母が金庫を空けた。マトリョーシカを手に取る。一つ一つ開けていった。マトリョーシカがだんだん小さくなる。母は、最後のマトリョーシカを開けた。そこには、何も無かった。

 男は、肉眼では見えないほど、小さくなっていた。母がマトリョーシカを開けた衝撃で、男は飛び、母の身体に入った。母は気付かない。ようやく息子が外に行ったのかと、安心してさえいた。


 暖かい。ここはどこだろう。何も音はしない。いや、どくんどくんと、単調な振動が伝わってくる。心地よかった。

こんな感情は何年ぶりだろうか。まるで、母親のお腹の中に戻ったようだ。外はどうなっているのか。きっと赤子も同じようなことを思って生まれてくるのだろう。

少しずつ、身体を動かす。少しずつ、元の感覚が蘇ってくる。やがて壁らしきものに触れた。力を込めて、突き破った。すると、光が見えた。

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