堕天使様はもてあそぶ ~天界を追放された天使は、人間界でゆっくり暮らしたい~

葱色信号

第1部1章-学院編

【第一話 天才の裏の顔】

 「赤魔法【吹き荒れよ炎槍ワザリング・フレイムスピア】」


 炎槍が、眼前の怪物に突き刺さった。

牛と蛙が混ざり合ったような容貌で、長い舌を出している。結晶に覆われた、ごつごつとした肌で、ぐぅうと低いうなりを上げている。ぎょろりと飛び出た目玉が、生糸のように真白い髪から覗く紅の瞳を一瞥してから光を失った。ロニア・ロンドが、ふぅと息をついた。水晶を取り出し優しく撫でると、どこかの部屋が映る。ロニアは、それに向けて語りかけた。


「目的の砕獣さいじゅうの撃破を確認しました~。んじゃ、ボクはもう帰ります」


「流石、学園一の天才だ。ご苦労だったな!」


「天才って……勘弁してくださいよ。ボクは……そんなんじゃありません」


 目つきの悪い、しかしどこか包容力の溢れる女性が言った。彼女の包容力は、ミスと呼ぶよりもマムと呼ぶにふさわしい。

 ロニアが振り返ると、彼の背後にあった赤い魔方陣がふっと消えた。先ほどの炎槍は、ロニアの魔術だった。


「しかし、学院領の洞窟に、このような砕獣が現れるとはな。防壁を張り直してはいるが、毎日のように齧られている。変だな。砕獣の生態から考えるに、ダンジョンから出ることはないはずだが」


「セス先生、これから帰投するっていうのに、また授業ですか? 勘弁してくださいよ。ボクは一刻も早く帰ってひと眠りしたいのに……」


「ひとりごとだ。というか、授業を開いたとて君はすぐ居眠りするだろ。全く、怠惰なのもほどほどにしろ」


「ははっ、いいんですよ、それで」


 ─────────◇─────────

 昼寝の時間。

 

 「あの天才サマ、また寝てるよ……」

 

「羨ましいよなぁ。何も悩みなさそうで」

 

 授業は退屈だ。何年生きたかもう覚えていないが、すでに知っている事象の連続だからだ。

 

 窓から外を覗けば、外界が見える。ロニアのいるこの摩天楼から放たれる、【防護の薄膜】は、人々を砕獣の被害から護っている。

ふと、思い出す。世界を喰らった大砕獣、ラグナロクによる、大破壊を。しかし神への信仰を謳う最上級魔術師、十二神徒しんとを筆頭とした者たちが立ち上がり、再興した。泣き喚きながら、よくやるものだとロニアは欠伸交じりに思う。

あの時は、ロニアがまだ真面目だったころか。


「ロニア・ロンド。君が優秀なのは解るが、授業中に眠るのは控えたまえ。他の生徒の態度にも影響が出る」


 机に突っ伏していたロニアに、教師が魔法でチョークを飛ばしたとて、無意識下に発動する【自動防護層】の魔法によって弾かれる。皆、ロニアを羨望の眼で見ていた。


「ふむ、では答えてもらおうか?ここ、クリスタリア魔術学院を保護する薄膜は、何層でできている?」


「六層で、0.3秒ごとに構成の書き換え処理。解除には十二神徒、いずれかの杖が必要、ですよね」


「……正解だ。書き換えのことも知っていようとは、あっぱれだ」

 

 授業はいつの間にか終わり、ロニアは担任、セス・アダマンティアに呼び出されていた。黒い長髪を、後頭部で一束にまとめており、動くたびに尻尾のように揺れるのが印象的である。相変わらず人相が悪かったが、今日は一段と睨みがかかっている。椅子に座っているだけなのに、圧倒されそうなほどだった。


「何故、呼ばれたかわかるな?」


「え、なんでだろう。無許可でダンジョンを制圧したとか?」


「なんだそれ初耳だぞ。というか面倒くさがり屋の君がよくできたな」


「いやぁなんとなく」


 褒めてないと言いたげに溜息をつき、セスは頭をかいた。立ち上がろうとしたセスだったが、僅かによろめいた彼女の違和感をすぐに見抜いた。


「先生。脚、やられましたね?」


「……ああ。砕獣学の下見をしに、ダンジョンへと潜ったのだが、私としたことが失敗した。だからこそ、君に頼みたい」


「……それよりも、脚、診せてください」


「あ、あぁ」


 セスは、履いていた靴とタイツを脱ぎ、患部を見せた。

 赤黒い痕が、痛々しく残っている。腫れていて、触れるだけでも痛そうだ。だが、ロニアは患部に触れた。


「いっっ!」


「耐えてください。すぐ終わります」


 ロニアの掌に、白い魔方陣が浮かんだ。

 それを見て、セスは目を丸くする。


「白魔法【回帰ヒール】」


 腫瘍がみるみると癒え、血色の良い肌に戻った。ロニアは立ち上がり、セスの瞳をちらりと一瞥すると、踵を返そうとしたが呼び止められた。


「待て。ロニア、なんだ今の魔術は」


「何って、回復魔法ですけど」


「白魔法だぞ。十二神徒ぐらいしか扱えない高次元魔法だ。君の歳だと、初級の緑魔法とか中級の青魔法が関の山なはずだ。上級、赤魔法でやっと上澄みなのに……、どこで学んだんだ?」


「ま、ボクならそれぐらい出来るってことです。ダンジョンの件ですけど、なんとなく気が向いたので今から行ってきます。水晶で位置とか色々教えてくださいね~」


 セスは、去りゆくロニアの背中をただ見ることしかできなかった。履き直そうと屈んだセスは、妙なものを見つけた。

 羽根である。絹のように滑らかで、雲のように純白だった。


「なんなんだ、あいつは」


 指先でいじりながら、今にも解れそうなそれを眺めるセスだった。

 

 ─────────◇─────────


 ひとりは好きだ。誰かを阿ることをしなくてもいいし、何より静かだからだ。ロニアは、自ずと交友関係を結ぼうとはしない。過去、。それに、こういったダンジョン攻略に於いても、ひとりのほうが何かと都合がいい。水晶の通信機能が切れていることを確認すると、ロニアはチョーカーに手を当てて唱え始めた。埋め込まれた5つの宝石が、じゃらっと音を立てる。


「──人の鎖、蝋の翼、木々の船よ。我が罪を刹那赦し、再び光を我に灯したまえ」


 背後に光が集まり、かつてロニアが失った翼を再び与えた。彼の周囲が仄かに輝いている。ロニアは、天使であった。


「さて、サクッとやっちゃいますか」


 翼をはためかせ、ダンジョンを駆けまわる。

 魔法でも空を飛ぶことはできる。しかし、いくつもの触媒が必要だ。最も容易なのが箒を用意することなのだが、仮に穂先が広がりすぎていた場合や、ひどく汚れている場合は飛ぶことができない。他にも馬車などがあるが、魔力の消費が激しすぎる。天使の翼は、魔力など関係なしに飛び回ることができる。


 ところどころ、小型砕獣と遭遇した。大したことはない。天使形態ならば、低出力の魔法でも一撃だ。

 それに、詠唱の必要もない。ただ精霊たちに命じるだけでいい。


「おい、【斬れ】」


 通りすがりに、青魔法の【石刃】をお見舞いすると、砕獣は粉々に砕けた。石のような肌を、より硬いもので押し切る。研磨された砕獣の欠片は、それだけでも武器のようだ。


 このダンジョンは、思ったよりも広かった。深層へと行くにつれ、砕獣の数も多くなってくるし、体格も大きくなっていく。ロニアは、妙な感覚を覚えた。自分が負けるとは微塵も思っていないが、それでも違和感はある。セス先生がやられたという事実が、その猜疑心を後押しした。


 声が聞こえる。リズムと重なり具合からして、三人ほどだろう。女が二人。男が一人。奥から木霊してきた。


『こいつ、硬すぎますう……!』


『足止めちゃんとしてよ!』


『うっせぇなぁ! 今やってんだよ!』


「……特大なモンがいるみたいだね。はぁ、少し疲れるけど、速度を上げるか。ほら、【速くしろ】」


 翼に魔方陣を通すと、ロニアの速さにより洞窟の壁が些か削れた。足元を確認しながら遊弋していたが、突然真っ黒な深淵が現れた。暗闇の中を、ところどころに火花が散っている。あそこに、声の主たちはいるのだろう。


 音を消し、ゆっくりと着地する。いた。三人の魔術師が、身の丈三メートルもある人型砕獣と交戦していた。山羊の頭蓋を模した頭部に、がりがりの四肢。その人型砕獣は、両手に斧のような結晶を振り回している。図体の割に、素早い。それに、記憶にもない種類だった。


 魔方陣は、ただ一人が赤く、他はみな青かった。


「カレン! 援護さっさとしろ!」


「わかってるよ! 青魔方陣なんだからちゃんと耐えてなさい!」


「ひぅううう……もうだめですぅ……」


「泣き言言ってんなよマチィナ! まだ終わったわけじゃねぇ」


 物見遊山のつもりは無い。だが、彼女らがどこまで戦えるか、少し見たくなった。


「マチィナは私に防護魔法を! その間、私がライトニングを溜める!リウは陽動!」


「は、はぃいい!」


「指図すんな!」


 カレンと呼ばれた少女の魔法は、赤魔方陣なだけあって優れていた。詠唱にも無駄がない。魔方陣構築も、多少の狂いがあるぐらいだ。そうこうしているうちに、カレンのライトニング、つまり雷魔法のチャージは充分。


「【これはかねてよりの黎明。太古に轟く爆破の子孫達の歌を聴きたもう】喰らいなさい、ライトニング!」


 雷霆。モロに受ける。人型砕獣は、びくともしない。

それどころか、双斧に雷が充填され、手痛い反撃を喰らいそうになっていた。流石に、眼前で死なれたら目覚めが悪い。


 翼をはためかせ、白い魔方陣と共に接近した。


「あ、あなた!危ないよ、どいて!」


 彼女の悲鳴を無視し、ロニアは足元に広がる白い魔方陣を見下ろし鼻で笑った。

確かに、人間は祈ることでようやく力を借りられる。そんなもの、ロニアには必要ない。

天界での記憶は、まだ引き継がれている。記憶に差し込まれた、鍵を引き抜いた。


「一節解錠。鍵は『マタイ』」


 見えない扉を開けるように、ロニアは呟いた。

 詠唱はない。過程もない。あるのは、確定した「結果」だけ。声が響いた。無機質な、女の声だった。

 

 【認証。白魔法:是、平和の為ならず。齎すは剣也】。


 虚空から、まるで最初からそこにあったように、剣が生まれた。

 白と黒、さながら光と影のよう。ロニアが指で弾く。

 

「【断て】」

 

 暗闇に、剣閃が走った。

 人型砕獣は、瓦解していく。彼女らの眼前に、ロニアは着地する。

 装いを見て、ロニアは絶句した。


(うちの生徒じゃんかよ……!)


 不運にも、ロニアはクリスタリア魔術学院の制服を纏ったまま。ロニアが堕天使であることは、何としても隠し通さねばならない。人の狂信とは、恐ろしいからだ。

 付き纏われたりすれば、ロニアの好む安寧というのは崩壊する。


「私たち、助かった?あなたは……?」


「……無事でよかった」


 学園でバレる可能性を考慮し、声を低くしながらそれだけ言い残した。ロニアは飛び去る。待ってと呼び止める声に、耳を貸さず。今までにないスピード。風が舞った。

 今日この日から。何も背負わずに済む【怠惰】という名の安寧は死んだ。


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