陰なる月光は面倒を嫌う

桜舞 紫水

序章 結成〈百合蒼月〉

─キン

 鉄の高い音が深夜の森に響く。

 今、俺は自分自身に稽古をつけてもらっていた。

 何を言っているかわからないだろう。俺も字面だけじゃ理解に苦しむ。

 だが、実際戦っている相手は自分の分身なので、あながち間違いでもない。

 なぜ、こんな時間に稽古しているかって?

 それは、父上の企みを止めるためだ。

 数ヶ月前、父上が怪しい奴らと取引している場面を目撃してしまったのだ。

 父上は、母上が亡くなってから変わってしまった。

 優しかった父上はもうおらず、領民から金を巻き上げ、怪しい奴ら(父上は〈魔神教会〉と呼んでいた)と取引をし始めた。

 目的はわからない。

 だけど、父上は領地内にある村を襲って、生贄にしてくれと言っていた。

 それは、まだ九歳の俺でもわかる。やってはならないことだと。

 俺は、父上や使用人たちに気づかれないように夜に修行を行い、昼には屋敷での授業に加え、〈魔神教会〉について調べた。

 〈魔神教会〉とは、物語に出てくる“魔神ブライア”を信仰し、復活を目論む組織、ということだけわかった。

 と言うのも、ほとんどの情報屋が〈魔神教会〉について知らない、または口を閉ざしていた。

 唯一得られた情報も少なく、他に情報を得るには直接聞き出すしかないだろう。

 俺は自分の分身と戦いながら、考えを巡らせていると、遠くの空が赤く染まっていることに気がついた。


(まさかっ!)


 俺は分身を消し、認識阻害魔法のかかったローブを着る。

 全速力で走り、ものの数秒で目的地へと辿り着いた。

 そこには赤く燃え盛る家屋と、地面には横たわる人々。それを見おろす、右目に傷のある狼と狼の左右を囲むようになっている羽の模様が後ろに描いてあるマントを身につけ、カラスのような仮面をつけた複数の男女。


「何者だ!」


 彼らは俺が来たことに気がつき、臨戦体制に入った。

 俺は魔法【闇呪縛ダークチェイン】を唱える。

 すると、影から闇の鎖がマントの男女に伸び、拘束する。

 彼らは体を動かすことができず、鎖の中でもがいて脱出の機会を測っていた。


「【強制自白ヘイルスピル】。お前たちの目的はなんだ」


 俺は魔法を唱え、魔法陣を出し男女に問いかける。俺に魔法をかけられたことで瞳が虚になり、側から見れば心ここに在らずといった状況だ。


「俺たちの目的は、魔神ブライアを復活させること。そのために、生贄と器になりうる女の子供を誘拐している……」

「そうか。アジトはどこにある」

「ここから西にある渓谷の廃坑だ。そこに誘拐した子供と実験施設がある……」


 俺はそれを聞き終えると、彼らの首を刎ねた。本当は殺さないほうがいいこともわかってはいる。だが、これ以上被害を増やさないためには、処理をしとかなければならない。

 俺は西にある渓谷を目指し、走り出す。その速度は村に来る時と同様、全速力だ。


(魔神ブライア……)


 魔神教会が復活を望む存在。

 物語では、その存在は魔物の王を使い、人間たちを支配しようとした女神とされている。

 存在しているかもわからなかった物語の存在が、現実のものになろうとしている。それを止めると言うほど、俺は正義感に溢れてはいない。

 だけど、父上や使用人たち、領地の民のことは助けたいと思ってしまう。

 そのために、俺は魔神教会と戦う。

 別に壊滅させようとは思っていない。むしろ、俺の力だけではできないだろう。

 俺が決意を固めていると、目的地である渓谷に辿り着いた。

 俺は渓谷を覗き込む。

 渓谷を降りていける下り坂の途中に、廃坑の入口らしきものが見えた。そこには、村で見た男女と同じようなマントをつけた二人の見張りがいる。


「【隠密ステルス】」


 俺がそう唱えると、迷わず廃坑の入り口に向かう。

 この魔法は、その名の通り“隠密”。気配を消し、側から見れば俺の体は透明に見える。

 俺はこの魔法を屈指し、見張りたちを音もなく気絶させる。

 そして、俺はそのまま廃坑の中を進む。別に正面突破でもいいが、万が一領地を見回りしている騎士たちに見つかったら大変だ。

 そのため、警戒して中を進む。

 幸い、中はそこまで広くなく、一本道が続いているだけだった。マントを着た男女が集まる食堂らしき場所、そこから三本道に別れ、そのうち二本は男女別の寝室になっていた。そのすべての部屋にいた人間を、魔法で毒をばら撒き殺した。

 最後の一本道はどうやら研究室に繋がっていたようで、中にはこの場所で一番地位が高そうな男が、液体の入った注射器を七人の子供に向けて、ニタニタと笑っていた。見たところ、七人の子供の半分は男で、全員俺よりも年下であることがわかる。

 俺はその男に声をかける。


「その薬はなんだ?」

「!?」


 男は驚きの表情を見せ、こちらを振り返った。子供たちも同様の表情をしている。


「な、何者だ! どうやってここに入った!?」

「どうやっても何も、正面から入ったけど? あぁ、ここにいた奴らは全員殺した」


 最初は質問の意図がわからなかったが、男が言っている意味がわかったので、そのまま素直に答えた。

 すると、男の表情は驚愕から怒りへと変わっていき、俺に剣を向けて走ってきた。


「貴様ァァァァ! 私の推敲な実験を邪魔しやがってぇぇぇ!」

(ん? なんか違くない?)


 俺は思ってしまった。怒りの沸点が違くないか、と。

 普通、仲間を殺されて怒ると思うだろう。だが、こいつは自分の実験を邪魔されたことに怒っている。

 もしかしてだけど……。


「お前、自分の仲間も実験に使おうとしてたのか……?」

「そうだ! あいつらは、私の実験動物だ! 魔神ブライア様に捧げる供物でしかない!」

「そうか……。お前なら色々知ってそうだ」


 俺はそう呟くと、【強制自白】を唱え、魔法陣を出した。その途端、男は動かなくなり、両手をだらんと下に向けた。


「……え?」


 子供達はその光景に、声を漏らして驚いていた。

 俺はそれを無視し、男に問いかける。


「ここで何の実験を行っていたんだ」

「ここは女神への供物を捧げる場。そのために、生贄に魔物の血を注ぎ魔力を引き上げる実験をしていた。今はその最終段階、女の子供に注いだ血を活性化させ、魔人に覚醒すれば器が完成する。男は生贄に……」

「そうか。わかった、次の質問だ。総本山はどこにある」

「わからない……」


 男の言葉に、嘘偽りは一切ない。それは、俺が魔法をかけているからわかる。

 聞きたいことは聞き出せたから、こいつは殺すとしよう。

 俺はそう思い、手に持っていた刀を振り下ろそうとする。


「ま、待って」


 その時、男の後ろで固まっていた子供の一人が声を発した。


「わ、私のお父さんとお母さんは…?」


 声は震えており、体も震えている。そして、その瞳は不安に揺れていた。

 俺は、男に子供達の家族のことを尋ねる。


「全員殺し、魂を魔神ブライア様の贄とした。その時に村も村人も全員殺して燃やした……」


 その言葉を聞き、子供達は泣き叫んだ。俺としては予想していた通りだが、俺が子供達の立場になると耐えられなかっただろう。

 俺は男の首を刎ね落とし、踵を返す。そんな俺を止めるかのように、先ほど声を上げた少女が俺に声をかけた。

 炎のように真っ赤な髪に覆われた体を震わせ、まだ涙は引っ込まないのか、意思の強そうな赤い瞳には雫を溜めている。


「私も連れて行ってください……!」


 少女がそう言うと、周りにいた六人の子供たちも口を揃えて「自分も」と言い出した。


「何を言ってるんだ?」


 俺は言っている意味がわからず、そう返した。

 しかし、少女は真剣な眼差しでこちらを見つめ、言葉を口にした。


「私たちを仲間にしてください! 私たちはあなたに助けられた。あなたに恩返しがしたいんです。きっとお役に立ちますから!」


 俺はその言葉にため息を吐いた。


「俺は善人じゃないし、恩返しもいらない。あくまでも、自分の目的のために動いてるだけだ」

「目的……」

「そうだ。俺は、俺が“家族”だと思う人を守りたい。ただそれだけだ」


 俺は自分の目的を言い終わると、改めて屋敷に戻ろうとする。

 それを引き止めたのは、一人の少年だ。


「俺たちは居場所を、家族を奪われた……! そんな俺たちに新しい居場所をくれたってい

いじゃないか!」


 少年は暗い緑から黄緑のグラデーションになっている髪をボサボサにして、髪に覆われた緑の瞳に怒りを滲ませながら言ってきた。


「なるほど。同情を誘ってるわけか。強かだな」


 俺がそう呟くと、少年はギクッと肩を揺らした。

 だけど、その一言で俺は意思を決めた。

 俺は静かにローブのフードを取り、顔をあらわにする。

 すると彼らは驚いたような顔をし、何が起こっているのかわからないといったふうな困惑をしていた。


「その話、乗った!」



 これは、俺がまだ九歳だった時の話だ。

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