第二話:理想的な休日の過ごし方
休日の定義とは、人によって異なる。
ある者にとっては完全なる静止であり、ある者にとっては日常の延長線上にある娯楽だ。
僕にとっての理想は、過剰な刺激を避け、穏やかな知的充足感を得ること――だったはずなのだが。
「悠くん、お待たせ! ……変かな、今日の格好」
駅前の時計塔の下。待ち合わせ時間の三十秒前に現れた有栖は、僕の視線を真っ向から受けて、所在なげにスカートの裾を揺らした。
落ち着いたベージュのワンピースに、淡いブルーのカーディガン。
それは、僕が以前「こういう服が似合う人は、落ち着いて見えるよね」と、何気なく口にした好みをそのまま形にしたような装いだった。
「……いや、すごく似合ってる。有栖は、何でも着こなすな」
「本当? よかった。悠くんにそう言ってもらえるのが、一番嬉しいから」
有栖は頬を染めて、僕の隣に並んだ。
彼女の選ぶ目的地は、いつも僕を驚かせる。
今日案内されたのは、街外れにある古い洋館を改装したブックカフェだった。そこは僕が最近、SNSの「行きたいリスト」にこっそり保存したばかりの場所だ。
「ここ、どうして知ってたんだ?」
「ええと、たまたま。雑誌で見かけて、悠くんが好きそうだな、って思って」
有栖は「たまたま」を強調して、メニューを広げた。
運ばれてきたコーヒーは僕の好きな深煎り。ランチのカレーは、僕が今朝「なんだか無性に辛いものが食べたいな」と布団の中で考えていた気分と、寸分違わず一致していた。
驚きを通り越して、ある種の全能感すら覚える。
自分が何を求め、何を心地よいと感じるか。そのすべてを、世界が肯定してくれているような心地よさ。
「有栖、今日の君は、まるで僕の心を読んでいるみたいだ」
「そんな。読心術なんて、私には使えないよ。……ただ、悠くんのことをずっと見ていれば、なんとなくわかるだけ」
有栖はスプーンを口に運び、満足げに微笑む。
その仕草はあまりに無防備で、可愛らしい。
彼女は時折、僕の口元にソースがついているのを指摘して、ハンカチで拭ってくれた。指先が触れるたび、カフェの喧騒が遠のき、世界には僕たち二人しかいないような静寂が訪れる。
その後も、奇跡のような時間は続いた。
立ち寄った雑貨屋で見つけた僕好みのブックカバー。映画館で上映されていた、僕が見逃していた単館上映のフィルム。
そのすべてが、僕のためにあつらえられたパズルの一片のように、カチカチと嵌まっていく。
「幸せだな、今日は」
夕暮れの公園。ベンチに座りながら、僕は本音を漏らした。
隣に座る有栖の横顔は、沈みゆく陽光に照らされて、神々しいほどに美しい。
「……幸せ? 本当に?」
「ああ。こんなに完璧な一日は、人生で初めてかもしれない」
「……よかった」
有栖は小さく呟き、僕の肩にそっと頭を乗せた。
重なる肩の温もり。彼女の髪から漂う、第一話と同じ甘い香りが、夕風に乗って鼻を掠める。
「悠くんが喜んでくれるなら、私は何だってできる。……何時間だって調べられるし、どこへだって準備しに行ける。悠くんの『理想』が私の中にあるから、私は迷わないんだよ」
その言葉に含まれた、わずかな違和感。
「何時間だって調べられる」とは、どういう意味だろうか。
まるですべてが「偶然」ではなく、膨大な時間と労力を費やした「準備」の結果であるかのような響き。
だが、僕がその問いを口にする前に、有栖は僕の手をギュッと握りしめた。
その手は少しだけ震えていて、冷たい。
彼女の潤んだ瞳が、祈るように僕を見つめていた。
「ねえ、悠くん。ずっと、こうしていようね。私が、悠くんの欲しいものを全部あげ続けるから」
その微笑みは、どこまでも純粋で、献身的だった。
僕は自分の胸に湧き上がった小さな不審を、彼女の愛おしさに免じて、強引に心の奥底へと押し込んだ。
完璧すぎる一日。
非の打ち所のない、幼馴染。
この美しすぎる物語の裏側に、もしも何らかの「仕掛け」があるのだとしても。 今はただ、この心地よい麻酔に、もう少しだけ浸っていたいと思った。
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