夢宮めぐりは探偵である

チェンカ☆1159

第一章 令嬢と執事と探偵

その客人の依頼は、これまでに夢宮めぐりが受けてきた中で、過去一番の異彩を放っていた。

「研究所とそこに住む博士の調査、ですか?」

「えぇ、あたしの叔父なのだけど、急に連絡が取れなくなっちゃって」

 目の前に座っている依頼人は金色の髪を指先で軽く弄りながら、苦笑気味に述べた。

 空津院ほまれ。国内で有名な企業、空津院グループの社長令嬢だ。

 そんな彼女が今、その華やかさとは似つかわしくない『夢宮探偵事務所』の応接間にいる。その事実に、この事務所の経営者兼探偵であるめぐりは緊張していた。

 加えて彼女が腰掛けているソファの後ろには、一人の厳格そうな男性が直立している。ほまれはめぐりに対し、彼を自身専属の執事だと紹介した。

「それで探偵さん、受けていただけるかしら?」

「……一つ、お聞きしてもええですか?」

「報酬ならたんまり出せるわよ」

「いえ、そうではなくて」

「じゃあ何かしら?」

「警察には、連絡したんですか?」

 ほまれは静かに首を横に振る。

「していないわ。大袈裟にするとパパ達がうるさいんだもの」

「は、はぁ……」

 身内と連絡が取れないのに、随分と情が薄い。そんなめぐりの心情を読み取ったのか、ほまれは言った。

「冷たいのよ、あたしの両親。それだけじゃないわ。空津院家の大半が叔父のことを疎ましく考えてる」

「その、空津院はんはどうなんですか?」

「どの空津院よ?」

「あんた以外おらんわ」

「おい、庶民が生意気な口を利くな」

「貴島、下がって」

 一歩踏み出しかけた執事を、ほまれが鋭く制する。

「しかしお嬢様」

「下がりなさい。あたしは気にしていないわ」

「……わかりました」

 彼が大人しく引き下がると、ほまれはめぐりに向かって詫びた。

「うちの貴島がごめんなさいね」

「何故お嬢様が謝罪するのですか」

「部下が無礼を働いたのよ? 躾がなっていないあたしの責任よ」

 それを聞いた貴島はどこか悔しそうにめぐりを睨み、唇を噛んだ。

「まぁ、うちの方にも非はあります。お高くとまっておられる社長令嬢様に失礼な口の利き方して申し訳ありませんわ」

「なっ、貴様――」

「あら、あたし相手にも遠慮しないなんて面白い方ね。気に入ったわ」

「褒められてもなんも出ぇへんよ」

「そう? じゃあ、あたしのこと、下の名前で呼んでも良いわよ?」

「名前で呼ぶのに許可なんて要るんですか? さすが偉い人は違いますわぁ」

「だから貴様――」

「呼ばれたいのにこっちから頼まないと呼んでくれないって、結構悲しいのよ?」

「……そうなんやね」

 ほまれの口から発せられたのは嫌味ではなく、一人の人間としての本音だ。それを察しためぐりは、先程までと打って変わって大人しく謝罪を述べる。

「さすがに、人として配慮がなってなかったわ。すみまへんでした」

「わかればいいさ、わかれば」

「どうしてあなたが答えているのかしら? 貴島」

 ほまれは眉をひそめて尋ねた。一方貴島は主人からの問いかけに、堂々と答える。

「それは、お嬢様に対してあんなにも失礼な態度を取っていましたから、反省して当然のことでしょう?」

「……貴島」

「はい、お嬢様」

「あなた、今後もその考えを貫く気なら、パパに頼んでクビにしてもらうわよ?」

「えっ……」

 突然の主人からの宣告に固まる貴島の姿を見て、めぐりは焦る。

「ちょい待ちいや! なんでそうなるんよ!?」

「だってこのわからず屋執事、あなたが察したことですら気づいていない挙げ句、上から目線でものを言うのよ!?」

「りっ、理屈はわかるけど、クビはちょっと可哀想やないの!」

「あら……あなた皮肉は言うくせに随分とお人好しなのね」

「うっ……」

 指摘されためぐりは呻き、咄嗟にほまれから目線を外す。

「……皮肉はただ、他人に対して捻くれとるだけです」

「そう、なのね。気づかず挑発してしまったわ。ごめんなさい」

「……謝らんで、ええ。ほまれはんのせいやないから」

 めぐりの言葉にほまれは目を見開き、微笑んだ。

「あたしの名前、呼んでくれるのね」

「……苗字の方じゃ、わかりにくいから。ただそれだけや」

「ふぅん……仲良くなるにはまだ時間がかかりそうね」

「は? あんた、うちと仲良くなる気なん?」

「当然よ。だってあたしのこと、社長令嬢じゃなくて一人の人間として接してくれたもの」

「いや、それは――」

「認めません! こんなやつがあなた様ご友人など、私は認めませんよお嬢様!」

 突如として、これまで何も言えずにいた貴島が必死に声を張り上げた。しかしほまれは冷ややかな表情と声で言い放つ。

「たかが使用人の分際で生意気ね。友達くらいあたしに選ばせなさいよ」

「ほまれはん、たぶん貴島はんも悪気あるわけやないと思うんよ。あんたが大切で守るべき主人だからこそ、いろいろと厳しいんやないかな?」

「あなたなんで貴島の味方してるのよ……まぁいいわ。クビは勘弁してあげる」

「お嬢様、ありがとうございます!」

「その代わり、探偵さんの調査に同行してお手伝いをしなさい。解決するまで帰ってくることを認めないわ」

「なっ、なぜ私がそんなことを――」

「じゃあパパに『貴島をクビにしたい』って、言っておこうかしらねぇ」

「喜んで同行させていただきます! 早速向かいましょう!!」

「変わり身早いて。そんでなんかもう、この依頼受けることになっとるやないの……」

「ふふっ。頼りにしてるわ、探偵さん」

「……めぐり」

「えっ?」

「うちの名前。夢宮めぐりや。一応教えとくけど、好きに呼んでええよ」

「夢宮めぐり。しっかり覚えたわ。次会う時までに、呼び名も考えておくわね」

「それ、嫌な予感しかせんよ……」

 めぐりはなかなかに面倒なことになってしまったと、深く溜め息をついた。

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