9 体力不足
屋敷に来た次の日から、白師は外に出たり、書庫に篭ったりと何やら忙しくしているようで、天徠は殆ど別行動をしていた。手伝えることはないかと一度聞いてみたがきっぱりと断られた。仕方なく、白師に出された課題に徹することにした。
白師が天徠に出した課題は、簡単にいうと体力をつけろというものだった。この屋敷の周りを三周、二里と少しくらいの長さであるが、それを回ってみろというものだ。
これまでも、旅先や家の中で不意に課題を出されることがあったが、どちらかというと知識や認識を確かめるようなものばかりだった。こういう単純なものを出されて、随分と拍子抜けした。
この後向かうのがどこかは知らないが、危険が伴うのは薄々承知していたし、この旅に出る際に白師もそう言っていた。その後、天徠だけで旅を続けるとしても体力はいる。だから、身を守るために体力をつけろというのは理解できる。
しかし、白師が出す普段の課題と比べると、些か浅薄である。
星夜にもまた別の課題が出されたようだが、出されたその日のうちにやってのけて白師から合格が出たようで、次の日からは白師のそばについているか、どこかに姿を消すかしていた。天徠は全く様子を知らなかった。
「はあ、はあ、はあ……」
ゼーラの計らいで、此処に来ているまだ若い軍人と一緒になって体力や肉体作りに励んでいたが、未だ一周すらできていなかった。
他にも彼らがやっているというトレーニングに参加したり、いつもよりも食事を取ったりしていたが、早々に結果が出るわけもない。
周りであれこれと世話をかけてくれている皆に申し訳ないと、天徠はまだ数日しか経っていないというのに随分と焦っていた。
「はあ……昔だったらもう少し動けたと思うんですけど」
「そうなのか」
休憩時、地面に一緒になって座った青年は、天徠たちをこの屋敷まで案内してきた彼だった。名をガイナという。
ゼーラが屋敷にいる軍人たちに紹介をした際、屋敷の案内を買って出てくれて、今も体の不安定な天徠の様子を見てくれている。
話をすれば同い年だそうで、此処数日は食事も共にするようになっていた。そして今日も、半周を過ぎたあたりで動けなくなった天徠を屋敷内の演習場まで運んでくれた。
「なにか良い方法があればいいんですけど。星夜も見かけないし」
「一緒にいた少年のことか。彼もあまり体を動かすようには見えなかったけど」
「はは、まさか」
天徠もそうだが、星夜もあまり体格の良い方ではない。貧相に見えるほどではないが、どちらかといえば細身で、綺麗な顔に肌も白っぽい。彼を知らない人が見れば、とても武に心得のあるようには見えないだろう。
そのうえ今、星夜は何故かずっと小さい方の星夜だ。子供の姿の。
「星夜のほうがよっぽど運動神経いいですよ。それに、弓と剣を使ってるところしか見たことないけどめっちゃすごいし、なんならそれ以外も使えるって言ってたし」
アラルレン内で野党にあった際は、大方を星夜がなんとかして、天徠は白師の後ろの少し離れたところからその様子を眺めていることが多かった。
白師が言うにそれは星夜の希望で、白師に頼られたい一心でのことだという。だが、いつも呆気なくことを収めてしまうので、白師や天徠が出る幕は殆どなかった。
そう、星夜は天徠が思っている以上に有能だ。
それに加えて知識もあるし、料理、裁縫、何でもやってみせる。
それに、星夜は天徠のことをそれとなく気に配っているのがよく分かる。天徠と目が合うことはあまり無いが、よく観察するように天徠を見ているのを感じる。
初めは害意あってかと思ったが、天徠の体調を鑑みて白師に話をしているのを、いつだったか見たことがある。
「そのうえ頭も回って勘もいいし、俺、白師に拾われる前も色んなところへ行ってたらしいですよ。あんま詳しくは知らないですけど……」
「へえ、なんかすごいみたいだね。そういえば、天徠さんはどうして……あ、いや……」
「ああ、別に気にしなくていいですよ。俺はほんとにたまたまだったんです。今は人探しの為に同行していて」
「へえ、誰を探しているのか聞いても?」
「分からない」
「え?」
「分からないんだ」
ここ一年で、あまり状況は変わっていなかった。
時間が経つにつれて記憶や感覚は薄れていくもので、村に行った時の事も何故か曖昧になりかけていた。
一度アラルレンにいた際に、星夜にもう一度連れて行ってくれないかと頼んでみたが、断られてしまった。村に行くためには透目を通る必要があり、今度も無事に通れるとも限らない。
そうして黙り込んだ天徠にガイナが心配そうにしていれば、その二人に近づく足音があるのに気付き、ふと顔をあげた。
「星夜」
地面に座っている天徠を見下ろす形で、星夜が目の前に立っていた。そのままじっと天徠を眺めている。
「え……どうした、星夜?」
そのまま天徠を見ているのかと思えば、横にいるガイナにも時たま目をやっている。そして暫く何か考えごとをしてから、天徠にもう一度向き直った。
「天徠、今日の夜に話がある。走るのも良いが、あまり負担かけるとまた寝たきりになるから、ほどほどにしろ」
それだけ言うと、また何処かに去っていった。
天徠は何を言われるのかと身構えていた分、言われた内容を飲み込むのに少し時間がかかった。
「なんか、ませた子だな」
「……あ、ああ」
ガイナが話しかけて、ようやく意識が戻った天徠は、ガイナの発言に苦笑することになった。
ませた子、まあ、あの姿ならそう見えるだろう。天徠からすると姿の方に違和感があるから子供という認識は薄い。
星夜いわく、あれは仮の姿だそうで、実際は天徠が村でみた姿が本当だそうだ。
それについても、いつだか何故そうしているのかと聞けば嫌な顔をされ、後に白師から「あの方が甘えやすいからじゃないか」と、到底普段の様子からは考えられないことを言われ、その辺りについては聞かないことにしていた。
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