最強おっさんとポンコツクソザコ暗殺者ちゃん

ガブ

第1話「暗殺者ちゃん、おっさんに会う」

 虫たちの演奏が聞こえる夜の裏路地。

 湿った石畳を、アンは足音を殺しながらゆっくりと進む。


(よ、よし……今日こそは)


 先を歩く男性との距離は数メートル。

 こちらに気づく様子はなく、のんきに口笛を吹いている。


 アンは大きく深呼吸し、仁王立ちで胸を張る。


「私は暗殺者のアン!あなたを……」


 男はギョっとし、後ろを振り返る。


「え?」


 困惑する声。

 またやってしまった。そう思ってももう遅かった。


「あ、あの、私は……」


 慌てて短剣を抜こうとするが、鞘に引っかかって出てこない。

 もたもたしている間に標的の男は逃げ出してしまう。


「ま、待って!もう少しですからっ」


 短剣を手に構えた時にはもう標的の姿はどこにもなく、あざ笑うかのような虫の声だけが夜道に響く。


 失敗。

 一体何度目だろう。





 殺し屋一家の末っ子として生まれた私は、物心つく前から暗殺者として育てられた。

 兄や姉は優秀な殺し屋で、当然私も家族から期待されていた。

 練習は人一倍した(つもり)、なのに生まれてこのかた十五年、一度も成功していない。


「アンには向いてないのかもねぇ」


 九十歳で現役のおばあちゃんに言われたときはさすがにへこんで三日もお菓子が食べられなかった。

 


「うう、なんで私だけ」


 クマがプリントされたカバンから資料を取り出す。

 ママは高校生にもなってそんな幼稚なカバン止めなさいって言うけど、可愛いから仕方ない。


 たくさんのバツ印が書かれた資料。

 本来なら標的を殺した目印として書くのだが、私の場合は失敗した戒め。いつか殺せたときにはご褒美として〇を大きく書くつもりだ。


「はあ、やっぱり低ランクからこなすしかないのかな」


 資料をめくっていくと

 ・Fランク……子供を驚かす番犬

 ・Gランク……魚を盗んだネコ

 ・Hランク……糞をまき散らす鳥

 などの項目が現れる。

 さすがに殺す自信はあるが、動物は大好きだから殺さない。繰り返すが、自信はある。


「あーもう!明日からテスト期間なのに、どこの女子高生が殺す相手に迷ってるっていうのよ!」


 資料を投げ捨て、大声で叫ぶ。虫たちはみんな逃げてしまった。

 突風が吹き、資料が空を飛ぶ。私はいっちょ前にスカートを抑えるが、そんな私の情けない顔に一枚の紙が張り付く。


「何よ!」


 やけに古びたその資料に書かれていたのはさえないおっさんの顔だった。

 白髪交じりのぼさぼさの髪。ろくに整えられていない無精ひげ。覇気のない眠そうな表情。紙越しに加齢臭が漂ってきそうだ。


 こいつなら殺せそうだな。

 でもどうせランクはDかE……

 そう思っていた私は目を疑った。


「えーと……SSS?……SSS!?」


 紙を上から下まで隅々まで見返す。だけど何度見ても書いてあることは同じだった。

 通常、ランクが高く設定されている標的にはランクの横に特記事項が記載されているがそれもない。気がかりな点があるとすれば名前の欄が塗りつぶされていることくらいだ。だけどその時の私にはそんな些細なことは全く気にならなかった。


「いこう、今すぐ行こう!SSSランクをこなせればきっとみんな認めてくれる!」


 私は資料に書かれた標的の出没ポイントを穴が開くほど睨みつけ、散らばった資料をぐちゃぐちゃに丸めてクマさんのカバンに突っ込んで走り出す。

 一枚だけ資料が取り残されている事にも気が付かずに。



「ここか……」


 朝日が昇り始めたころ、私は古い小屋を発見した。

 出没ポイントというよりもここに住んでいるらしい。

 私はカバンにぶら下げている殺し屋七つ道具であるハヤブサ望遠鏡を取り出す。パパはダサいからそういうの止めろっていうけど、かっこいいからやる。


 小屋に光はない。どうやらまだ寝ているようだ。

 少し安心した。

 そのまま寝ててくれれば苦しませずに送ってあげられる。


 私は木々の間を華麗にすり抜けながら小屋に近づく。たまに木の枝を踏んで音が出てしまうが、一流の殺し屋は些細なことは気にしない。


 玄関まで気づかれずにたどり着けた。

 しかし、玄関は鍵がかかっており、困ったことにドアベルもない。


(う、うそでしょ?どうやって入ればいいの?)


 力任せにドアを叩く。

 ガンガンガンと大きな音がなる。よかったこれで開けてくれるだろう。




「おい」


 野太い声がする。

 振り返るとあのおっさんが立っていた。


「わわわ!私は……!」


 名乗ろうとして昨夜の失敗を思い出し踏みとどまる。

 危ない危ない、流石はSSSランクだ。油断できない。


「私は、誰でしょうか?」

「知らん」


 それはそうだ。私は何を言っているのだろう。

 こうなったらしょうがない。痛い思いをさせてしまうけど仕方ない。


「ごめんなさい!殺します!」


 今度はうまく鞘から抜けた。私はやればできる。

 ちゃんと心臓を刺してあげよう。

 あれ、心臓って左右どっちだっけ?


 迷っていると短剣はおっさんの胸のちょうど真ん中に深く突き刺さってしまう。


「わわっごめんなさい!わざとじゃないんです」

 おっさんは吐血しながら倒れる。

 とても苦しそうだ。ごめんなさい。

 でもこれで私がポンコツじゃないって証明できる。もしかしたらお小遣いをアップしてもらえるかもしれない。


 何を買おうかとウキウキ飛び跳ねていたら、突然後ろのおっさんが立ち上がった。


「いてぇな」


 え、痛いで済むの?

 そう思っておっさんの胸を見ると傷跡はさっぱりなくなっていた。でもおっさんの胸には血痕が残されている。


「私、刺しませんでしたか?」

「ああ、しっかりな」


 おっさんが私の刺したナイフを握ってる。

 ああ、私殺されるんだ。

 私は恐怖のあまり泡を吹いて気絶してしまった。





「ん、パパ……て、臭っ!」

「おう、目覚めて早々傷つけてくるな」


 加齢臭で目を覚ますなんて最悪だ。

 どうしてパパと一緒に寝なくなったかを思い出してしまった。

 

 どうやらおっさんのベッドらしい。

 女子高生を自分のベッドに寝かせるなんて何を考えているのだろう。


「……無い!」


 ベッドから降りようとしたときに腰につけていた短剣が無いことに気が付く。

 そういえばおっさんに取られたんだった。


「これか?」


 おっさんが短剣を見せびらかしてくる。

 トラのシール、間違いなく私のだ。


「返してよ!」

「おっと」


 私はおっさんにとびかかるが、おっさんは中年とは思えない身のこなしで躱す。おかげで壁にぶつかってしまった。


「お前、殺し屋か?」


 突然おっさんが私の正体を見破った。

 もしかしたら超能力者かもしれない。

 そう思っていたらおっさんは見覚えのあるクマのカバンを取り出した。



「うそ、見たの?」


 よく見たら私がぐちゃぐちゃに丸めた資料が机の上に置かれている。ご丁寧に順番通りに並べ替えられていてちょっと恥ずかしい。


「ずいぶんたくさん殺したんだな」


 おびただしい数のバツ印を指さすおっさん。


「なら殺されても文句は言えないよな」


 私の短剣を抜き、近寄ってくるおっさん。

 違う、私はまだ誰も殺してない。


 私の短剣はおっさんが持つとまるで全くの別物のようにギラギラ輝き、部屋中の景色が刃に反射している。


 やっぱ死ぬんだ。

 まだ彼氏もできたことないのに。


 その時、短剣に反射して時計が映る。針は十時を指している。


 もう学校始まっちゃった。

 また遅刻だよ。

 ……ん、待って。


 私は恐る恐る時計を直接見る。針は二時を指していた。



「あああああ!遅刻どころじゃない!無断欠席になっちゃう!」


 私は窓から外に飛び出した。カバンも短剣もハヤブサ望遠鏡も置いてきちゃったけど、今は皆勤賞の賞状のほうが優先だ。



「何だったんだ、あいつは」


 あっけにとられたおっさんは嵐のような少女の背中を見つめる。

 おっさんは少女の荷物をまとめ、ゆっくり椅子に腰掛ける。


「まあいい、いい暇つぶしになったしな」

 大きなあくびをしてそのまま机にうつぶせになり、いびきをかいて眠りにつく。

 ベッド以外で寝るのは久しぶりだな、そう思いながら夢の世界へと旅立った。



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