未定

孤々

第1話

「え」

たった今発した妻の発言に僕は思わず思考が止まった。

朝食のパンを齧りながら妻といつものように会話していると突然

「私、余命宣告受けちゃったの。」

そう言って妻は珈琲を一口、口に含んだ。

「え、今なんて?」と聞き返すと妻は笑いながら話した。

「昔タバコを吸いすぎたせいかステージ4の肺がんになっちゃってたの。もう先生も手遅れだって。まぁ特にやりたいこともないしゆっくりのんびりしながら3ヶ月の余生を過ごそうかしらねぇ」

あまりの衝撃に食パンを持つ手が止まる。20年間添い遂げ続けた妻があと3ヶ月でこの世を去るだなんて考えたくもない。なにかの冗談かと疑うが診断書を見て僕はその受け入れ難い現実を受け入れせざるを得なかった。だがどうして張本人の妻は死に対して恐怖や不安すらないのかと疑問で仕方なかった。きっとなにか症状があって病院に行ったはずなのにどこも悪そうな見た目をしていない妻にますます僕は疑問が募る。それなのに妻はいつもより元気そうに見えた。本当は僕に心配して欲しくて冗談を言っているのではないかと思いたかった。



妻と出会って30年。高校からの恋人で付き合った時から結婚しようと決めていた僕は高校卒業後、就職し妻を一生養って幸せにしようとただその一心でここまでやってきた。生憎にも子宝には恵まれなかったがポメラニアンのぽぽを子供のように可愛がり夫婦仲睦まじく過ごしてきた。病気をすることもなく毎日健康体で生きていたはずなのに。


その日の仕事は何も手付かずで部下に心配されるほどだった。なにか悩み事かと上司に聞かれ今朝の出来事を打ち明けた。

上司は悲しい表情を浮かべ僕にしばらく休んでいいと言ってくれた。だがきっと妻にそんなことを言ったら怒られてしまうだろうとやんわり断った。上司はそれ以上は何も言わず君の好きなようにするといいとだけ残して去っていった。家に帰ると妻が料理を作って待っていてくれた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

毎日のように繰り返されるこの会話もあと何回続けられるのかと考えると胸がざわついた。この料理もあと何回食べられるのか、あと何回妻の声が聞けるのかと残りの限られたことで頭がいっぱいになる。そしてその不安で喉がつっかえるような感覚で妻の美味しい料理が喉にあまり通らなかった。いつもより様子がおかしい僕にやっと気づいたのか妻は「どうかしたの?」と聞いてきたが不安定になっていた僕は心の内の言葉を全て妻にぶつけてしまった。

「君が余命宣告とか病気のこととか言うから、それで頭がいっぱいいっぱいなんだよ!!どうして君は何も怖くないんだ!!死に対してどうして平気でいられるんだ!」

言い終わったあとに僕は妻が俯いていることに気がついた。

「ご、ごめん!そんなつもりじゃ、無神経なこと言って申し訳ない。少し頭を冷やしてくる。」

やってしまったと逃げるように外に出た。涼しい秋風が僕の身体に当たってくる。玄関先で先程の言葉が頭で渦を巻くようにぐるぐると駆け巡る。どうしてあんな言い方しか出来なかったのか。後悔で押し潰されそうだ。もう一度妻に謝ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る