本文

仕事始めから一週間が経とうとしている。相変わらず飛んでくる曖昧な指示、一致しない語句、急かされる空気に耐えている。そうしていると碌に思考回路も回らないものである。

「お前、最後に高次思考に落ちたのは何時だ?」

そう問い掛ける瑠衣の瞳は真っ直ぐで、逃げられない様な圧を感じさせた。

瑠衣は別に怒っては居ない。責めても居ない。ただ純粋に問い掛けている。疑問八割、心配二割。かく言う私もその瑠衣の視線に怯えても居ない。ただ不安だがあった。

「覚えてないよ……」

哲学的思考。答えの無い問い掛け。其れに落ちたのは何時かと聞かれれても一切思い出せない。昔まではそんな事が無かったはずだ。脳がショートするまで考え続けた。けれども今は其れが出来ない。

瑠衣は私から視線を逸らし、少し考える様に前後左右に視線を揺らす。何て言葉を掛ければ良いか、どうすればこの事態を改善出来るか考えている様だった。

「瑠衣……」

私、今瑠衣にどうして欲しいんだろう。慰めて欲しいの? 支えて欲しいの? それとも受け入れて欲しいの? 考えようとしても頭が碌に動かない。ただ霞がかった様にモヤが掛かっている。

瑠衣は立ち上がると、そのまま部屋を出ようと扉に手を掛けた。しかし突如として此方を振り返ると、ただ淡々とぽつりとこう言った。

「疲れてんだろ。もう寝ろ」

「うん……」

瑠衣と私の部屋はとなり同士である。だから瑠衣が寝室に行くとなると、必ず途中までは一緒に行動する事になる。今も瑠衣の背中を追い掛けて、扉の前で止まった。

ドアノブに手を掛ける。そのまま力を入れる。けれどもそのまま自分の部屋に入る事はしなかった。ただ呆然としたまま、私は瑠衣に話し掛けた。

「一緒に行動寝てもい?」

瑠衣は何も答えなかった。ただ先に部屋に入り、部屋の戸を開けたままにした。部屋に籠った闇が、開け放たれた穴から薄らと覗いている。入って良いと言うことを見越し、そのまま中に入った。

「ごめん。何も考えられないんだ」

早く戻りたいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る