第94話



自分の存在は家族にとって、いつ着火するか分からない爆弾と同じだ。


何もしない方がいい。でも、何かしなきゃいけない。

相反する感情に押し潰され、毎晩泣いた。力が発現してから、唯一のやり甲斐だった舞踊の稽古もできなくなった。ちょうどその頃、隣家から教えに来てくれていた祖母が病で倒れたからだ。


家から出ることを禁じられていたけど、夜こっそり家を抜け出して、祖母の様子を見に行っていた。祖父が早くに亡くなってから、祖母はひとりで暮らしていた。

「……白希?」

襖の影に隠れていると、気配に気付いた祖母が寝床から起きてきた。

「また来たの。お父さんとお母さんに知られたら怒られるよ」

白希の力を知って尚、怖がらずに気にかけてくれた。そんな祖母が日に日に弱っていく姿を見るのは、身をつまされる思いだった。


「おばあ様……病院は行ったんですか?」

「ああ、行ったよ。でももう行かなくていいんだって。だから大丈夫だよ」


ずっとここに居るから。祖母はそう言って微笑んだ。

小枝のように痩せこけた指で口元を押さえながら、白希の頭を優しく撫でた。

「ごめんね。もう少し、見てあげたかったんだけどね」

座敷の上に白希を座らせ、徐に抱き締めた。


「おばあちゃん、ちょっと休むけど……白希の傍にいるからね」


────辛いかもしれないけど、ちゃんと生きていくんだよ。


か細いが、心の奥深くに響く声だった。



祖母の危篤を知ったのは、それから一週間後のことだ。


家主がいなくなった家はどこか寂しい。どれだけ留まっても音がしなくて、ひたすらに天井を見上げていた。

自分の身体の一部を失ったみたいに、手足が動かせない。流し尽くした涙も乾いて、また部屋に閉じこもった。


この時から、力の暴走は一段酷くなった。納屋にいても父の怒号が聞こえて、それを宥める母の声が聞こえていた。

一家を崩壊させたのは自分だ。

この力さえ制御できれば何も問題なかったのに。自分が不甲斐ないから周りの人を不幸にしてしまった。


この力は病気なんだ。


「ごめんなさい……っ」


不幸を感染させる、悪魔の病。


祖母もいないのに、これ以上生きていたって仕方ない。

自分さえいなければ皆幸せになれるんだ。

だからもう、死にたい。


……そう思ったのに、どうして私は十年も生き延びたんだろう?


生きる意味なんてとっくに失くしていたのに、あの納屋の中で息をし続けた理由は……。



短いうたた寝の後、白希はベッドから下りた。掌がじんじんと痛むが、さっきの息苦しさはおさまった。

今はひとつの疑問が膨れ上がり、無我夢中で自分の本棚や机を調べた。


なにか手がかりがあるはずだ。自分がここまで生きようと思った理由が……どこかに残されてるはず。

机の一番下の引き出しを開けた時、他のノートとは違う手帳を見つけた。取り出して中を確認してみると、それは日記帳だった。

罪悪感が生まれるけど、一応自分が書いたものだ。セーフということにして、一頁目から文章を追っていく。

日記は購入した日からではなく、律儀にも宗一と出逢った日からの出来事を記入していた。家が焼けてしまい東京にやってきたこと、宗一に助けられて引き取ってもらったこと。彼に縁談を持ちかけられたことまで、詳細に書かれていた。


上部は箇条書きだけど、下にはその時に感じたことまで書かれている。

意外だったのは喜びや安堵より、ネガティブな感想の方が多く書かれていたことだった。


てっきり能天気に与えられた幸せに浮かれてると思ったのに……こんなに良くしてもらって申し訳ないとか、早く自立して恩返しをしなくちゃとか、幸せになってはいけないだとか。彼は常に自責の念を抱えて生きていたのだと分かった。でも。


最後のページを捲ると、彼の飾り気のない想いが綴られていた。


宗一さんに逢えて良かった。


手紙を書き続けて良かった、と。


「……手紙」


ふと思い出して、日記帳を机に置く。代わりにサイドにあった白の便箋を手にとった。

こんなちっぽけなもので生き延びたとでも言うんだろうか。だとしたら単細胞にも程がある。

宗一が手紙を返したのはただの気紛れかもしれないのに。嬉しくて嬉しくて、……きっと、救われてしまったんだ。


前に屈み、白希は声を殺して泣いた。

開きっぱなしの日記帳に雫が零れ落ちる。そのページの最後の一文には、生きて良かった、と綴られていた。




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