第88話



恥を忍んで尋ねると、彼は興味津々に食いついてきた。


「手紙? もしかして、宗一に書くつもり?」

「ええ……」


正直に、宿題なのだと話した。ラブレターのつもりはないと言うと雅冬は落胆したが、それでも感慨深そうに呟く。

「いやー、やっぱり女々しいな。結局手紙に戻るのか」

雅冬はうんうんと頷いているが、こちらは全く意味が分からない。すると彼は宗一が眠るソファの肘掛けに静かに座った。


「君と宗一は、文通をしてたんだよ」


柔らかい髪にそっと触れ、雅冬は眉を下げた。

もうずっと昔のこと。宗一は、大事な文通相手がいると嬉しそうに言ってきたらしい。

「今の時代にアナログだよな。ま、白希の環境を思えば仕方ないか」

文通。自分と、彼が?

とてもそんなことをしそうにない。それでも雅冬の話が本当なら、自分達は五年以上手紙でやり取りをしたことになる。


辺鄙な村にいる、関わりのない少年に嫌々付き合う必要なんてない。繋がりなんて簡単に断ち切れるはずなのに、どうして。


苦しい。宗一のことを知れば知るほど、心が掻き乱される。


「今の君が宗一に感じてることを書いてやんな。それが一番喜ぶと思う」

「……」


自分の気持ちもよく分からないぐらいだけど……彼のアドバイスは、素直に受け取った。

ペンと便箋を持ってきて、しばらく考えた。一文字も書けないまま段々眠くなって、床に座りこんだ。

雅冬がベッドで眠るように促してきたが、書ききるまでは眠れない。時計と睨めっこしながら 、宗一の寝顔を交互に眺めていた。




「……あれ?」

宗一が目を覚ましたのは、日付けが変わった時刻だった。

静まり返った室内で、微かな寝息が聞こえる。ソファの上で視線を下げると綺麗なつむじが見えた。

「白希、こんなところで寝ちゃったのか」

白希はソファに背を預け、床に座って眠っていた。自分にはブランケットがかかっているが、白希が掛けてくれたんだろうか。

朧気に考えていると、背後から呆れ返った声が聞こえた。


「最初にテーブルで寝たのはお前だぞ、宗一」

「雅冬。……ごめんよ。色々」


彼を放ったらかしにして眠ってしまったことはもちろん、既に終電もない時間だ。

「今夜は泊まっていってくれ」

「いい。それより白希をベッドに連れてってやれよ」

雅冬は席に座ったまま、熱いお茶を飲んだ。


「ベッドで寝るよう何回も言ったんだけど、お前の傍から離れなくてな」

「そう……」


足を床に下ろし、俯く白希を見つめる。その寝顔は以前と同じだ。

「別に私じゃなくても良いんだ。どうも独りで寝るのが嫌らしい」

「へえ。……まぁ、まだ色々不安だろうしな」

前傾になって首を捻る雅冬に、宗一は頷く。そして深いため息をついた。


「白希の前じゃため息も我慢してるのか?」

「もちろん」

「別にいいんじゃないか。今の白希はそういうの気にしなさそうだぞ」


そう零してから、雅冬は眠っている白希に鋭い視線を送った。


「でもな。妙だな」

「何が?」

「十年分の記憶を失くしてるんだよな? ってことは今の白希は十年前の状態。十歳だろ」


宗一は頷く。


「正直、十歳と話してる感じがしない。知能や知識は以前の白希と変わらないんじゃないか。何なら、精神年齢も」


雅冬はいつもより低いトーンで話し、脚を組んだ。

宗一は瞼を伏せる。彼が言いたいことは何となくだが分かった。

不可解故、疑念が強まる。

自分も、彼と同じことを思っている。


「……本当に、“ただの”記憶喪失なのか。よく注意した方が良いぞ、宗一」



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