第80話



暗がりの中で、水滴が滴り落ちる。

何となく綺麗だと思って、呆然と眺めていた。していることは滑稽だが、見ていて飽きない。


この隙にこの場から立ち去っても良かったのに、また身を乗り出して彼のポケットからスマホを取り出した。

「これ、光るんでしょ? 照らせば少しは見えるんじゃないですか」

「ああ、そうか。頭良いねぇ」

道源や大我が弄っているところを見ていたから、このスマートフォンとやらがとても万能なものだということは知っている。だが詳しい操作方法は知らない。

「画面開いた? そしたら上から下にスライドして」

「スライド?」

「指で引っ張るみたいに。……そうそう」

言われるまま、画面に表示されたアイコンに触れる。何故か宗一は嬉しそうに笑った。


「君にスマホの使い方を教えるのは二回目だ」


スマホを持ったまま、彼の顔を見上げる。

ライトに照らされたその笑顔は、とても嘘をついてるようには見えなかった。


こんな風に笑う人……自分の世界にはいなかった。

急に速まった鼓動に動揺しながら、スマホを彼に手渡す。後ろに退くつもりだったのだが、何故か腕を掴まれ、バランスを崩した。


「ひ……つめたっ!!」

「あはは! お返し」

「……っ!!」


白希は豪快に池の中に落ち、宗一より水浸しになってしまった。

彼はどうやら、思ったよりもずっと大人気ない人間らしい。もちろん油断した自分が一番悪いけど、寒さと怒りで歯軋りする。


しかしとにかく、寒くて耐えられない。急いで立ち上がり、縁を蹴って飛び降りた。

「よくも騙しましたね! 道源様に聞いてた通り、最低です!」

「逆に、聖人か何かだと思ってたのかな? 私は悪い大人だよ。幼い君に惹かれて、十年も想い続けていたんだから」

宗一は屈みながら、ライトを水面に向けていく。そこで「おっ」と声を上げ、中からなにか拾い上げた。


「良かった。……見つけた」


非常に小さな金属。それを愛おしそうに握り締め、胸ポケットに仕舞った。

全然理解できない。そんなものを手放さないのも、子どもっぽく笑うところも、攻撃だけはしないところも。

…………聞いてた話と、違う。


宗一もようやく池の中から出て、白希の隣に降り立った。


「はあー、寒い寒い。風邪ひいちゃうね。早く帰ろう」

「どこに?」

「もちろん、私達の家に」


ズボンの裾を軽くしぼりながら、彼ははにかんだ。

あまりの寒さでガタガタ震えてしまう。それでも顔を背け、横目で睨んだ。

「どうして? 今の私は嫌でしょ」

「いいや。私の妻は君だけだよ、白希」

手を掴まれ、強引に連れて行かれる。これはほぼ誘拐じゃないのか。


思ったよりずっと押しが強いというか……重い……?

何とも言えない重圧に押され、口を噤む。


仕方ない。従うか。


目を細め、彼の後ろ姿を見つめた。

全然知らないはずなのに、何故か胸が熱くなる。


─────“私”は、彼を本気で好きだったんだろうか。



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