第77話



「大我っ!」

「いたっ! 何すんだよ、文樹」


早朝、大学に着いたと同時に、後ろから何かのファイルで頭を叩かれた。

大我が振り返ると、そこにはいつもと違い、険しい顔つきの文樹がいた。


「何度も連絡したのに無視しやがって……ちょっと来い!」

「わわっ」


襟を掴まれ、危うく転びそうになる。だが文樹は人の目も気にせず、大我を引っ張って中庭へ向かった。

こんなに怒っている彼を見たのは久しぶりだ。内心苦笑しながら、襟を握る手が離れていくのを眺める。


「未だに白希と連絡がとれない。お前、絶対何か知ってるだろ。何したんだよ!」


文樹の台詞は、予想通りのものだった。

白希は彼の友人で、バイトも一緒だ。突如連絡がとれなくなったら、それは心配するだろう。

けど自分に向けている怒りは、それとは別物だ。


「三日前、お前の言う通りの道で白希と帰ったら、黒い服を着た変な奴らに襲われた。あいつらとグルなのか? 白希は変なもん嗅がされて、連れ去られそうになったんだぞ! 全部正直に言わなきゃ、今すぐ警察に通報して、お前が絡んでたことも話す」

「文樹ちゃーん、落ち着いて。……本気で、俺を売るっての?」


両手を前に、冗談めかして尋ねる。すると彼は、辛そうに顔を歪めた。


「だから……そうさせる前に話せっての……!」


風がやんで、嫌に静寂が広がる。

何にも触れてない指先に痛みが走る。爽やかな陽気だというのに、息苦しい。


「白希は無事だよ」


どんなに白希を大事に想ってようと、正義感があろうと、文樹が裏切るとは思えない。そう思えるほどには時間を重ねてきた。

でも彼が一番欲しい回答を真っ先に取り出してしまうところは、俺も彼に甘い。

「今のところ元気に過ごしてる」

「本当に……? じゃ、何で連絡とれないんだよ。白希の旦那さんも、白希と連絡とれなくて心配してんだぞ」

水崎宗一か。

白希と親しいんだから当然だが、文樹の口からあの青年の存在を聞くのは少々複雑だ。

何せ兄は、彼がいたことであれほど変わってしまったのだから。


「詳しいことはまだ言えない。でもそのうち絶対会えるから、それだけ宗一さんに伝えといてよ」

「何だそりゃ……お前ら、本当に何が目的なんだよ……」


文樹は唇を噛み、それまで躊躇っていたであろう言葉を口にした。

「お前がいた村が関わってるのか」

「……文樹には関係ないよ」

実際問題、彼をこれ以上関わらせてはいけない。これはあくまで兄が始めたことだ。そして、村の奴らが始めたこと。


「……宗一さんも、警察に言う気なさそうだし。二人揃って何なんだって思ってたよ。でもやっぱり、お前も含めてだ」

指をさされた為、その手を掴んで引き寄せてやった。腰を支え、息が当たりそうな距離で答える。

「警察に解決できることじゃないからな」

ため息混じりに目を眇めると、文樹は心底分からない、という目で見返してきた。


分かってほしいとは思わないし、もし分かったら重症だ。自分を許さず安全圏で生きてほしい、と大我は密かに願った。


「でも、俺はお前の味方。それは本当」

「……っ」


額をつけて、文樹に囁く。

彼は否定も肯定もしなかった。


講義が始まる寸前、彼から手を離した。


「馬鹿野郎……っ」


ひとり取り残された文樹は、張り裂けそうな声で額を押さえた。




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