第66話



「まいってたのは、直忠も一緒だ」


部屋の中に戻った後、宗一さんは吐息と共に呟いた。

「私も村を出てからは、彼と交流があったわけじゃない。だから助けを求められた時は只事じゃないと思った」

頬を撫でられ、くすぐったさに身を捩る。また身体が軽くなり、ソファまで連れていかれた。


宗一さんの膝に乗ったまま、彼に髪を梳かれる。

安心できるにおいだ。何度も包まれる度に、ここが世界で一番心地良いと確信する。

「宗一さんは、力が使いこなせなかったときはどう生活してたんですか?」

「振り幅はあったけど、ほとんど普通に生活してたよ。私は、両親が受け入れてくれたから。あの村で珍妙な扱いを受けるより、誰も知らない場所に行って、普通の生活を送ろう……そう言ってくれたことが大きかった」

「本当に、宗一さんのご両親は素晴らしいです」

「今は君の義父と義母だからね。たくさん甘えてあげな」


宗一さんは、私も恩返しをするよ、と上を向いた。

「やっぱり、俺にとっては皆すごい人です」

彼の決意に鼓舞されている。

さっきまでの緊張はやわらぎ、暗い心に光が射し込んでいる。

月でもあり、太陽のような人だ。


……兄も、俺にとっては手の届かない、大きな人だった。


「物心ついた時から、俺は学校の勉強より稽古をしていました」


彼が自分のことを話してくれたから。記憶の箱を開く為に、少しづつ紐解く。

朝早くから夜遅くまで、屋敷の広間で、祖母が元気だった頃は彼女に師事していた。村の伝統舞踊の継承者として……長男とは全く違う道を歩もうとしていた。


それが一変したのは、やはりこの力を発現したせいだ。十歳のとき、突然寝ていた布団が熱くなって飛び起きた。

何代かに渡って力を持つ者が現れることがあるのは知っていたが、まさか自分にそれが降り掛かるとは思わなかった。

そして、もっと早くにコントロールできるものだと思っていた。


ところが一向にマシにならない。むしろ力の幅ばかり大きくなり、周囲に危険を及ばす。

父は激昂し、俺を外に連れ出した。


「昔、父に山奥に連れて行かれそうになって……力をコントロールさせる荒療治の為だったと思うんですけど、尚さら酷くなりました」


自分は悪い子なのだと、その時に頭に刻み込まれた。優秀な兄と違い、父を怒らせ、母を悲しませる。

なんて酷い人間だろう。俺は生まれてくるべきじゃなかった────。


「その日を境に、父は怒らなくなりました。代わりに、俺に会いに来ることもなくなった。納屋や蔵の中で過ごして、自分だけの世界に閉じこもるようになった」


膝を立て、手を前に回す。

心の中に刻まれたのは、変えようのない現実と、自分でつけた古傷。

熱い何かが込み上げてきそうになって、慌てて首を横に振った。


「すみません! 兄さんに会えて、父と母が無事だったことも分かった。こんな嬉しい報せはありません」


精一杯笑いかけたつもりだったのだが……宗一さんは眉を下げ、俺の頬を優しくつまんだ。


「白希。……無理に笑わなくていいんだよ」


肩を掴まれ、抱き寄せられる。自分の心臓がばくばく言ってる。彼に聞こえてしまうんじゃないかと思い、内心焦った。

「辛かったことは、そう簡単に消えない。記憶が薄れても、魂が覚えてる」

「魂……」

「そう。心とはちょっと違う。もっと本質的な部分さ」

それに抗うのは、とても大変なことだと彼は言う。

「でも、嬉しかったことも同じだ。しっかり思い出せなくても、何故か心が弾むときがある。君にはそれを大事にしてほしい」

目元に、彼の指の腹があたる。また泣いてると思われたのかな。


……確かに、心の方は洪水が起きていたかも。


「何となく分かりました。記憶が全てじゃないっていうのかな……俺が宗一さんに巡り会えたことは、死ぬまで俺の細胞に刻まれる気がします」



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