第56話「夫婦の契り」



後日。宗一さんは役所に婚姻届を提出した。何度も見直しはしたけどやっぱり緊張するもので、俺は口からなにか色々出そうになった。

でもそんな不安は杞憂で、漏れもなく、無事に受理される運びになった。


これで本当に……夫婦になっちゃったんだ。


雅冬さんが立ち会ってくれ、ほっとしたように拍手してくれた。

「一時はどうなることかと思ったけど、おめでとう白希。と、宗一様も」


雅冬さんにありがとうと返し、宗一さんは俺の方を向いて両手を広げた。


「おいで、白希。これからは夫婦として、よろしく」

「……っ!」


俺も……人目も憚らずにアホだと思われると確信したけど、彼の胸の中に飛び込んだ。


「こちらこそ、宜しくお願いします」


雅冬は無音カメラで二人の抱擁の写真を撮り、苦笑しながらポケットに仕舞った。

「雅冬、今の写真後で送ってくれ」

「はいはい。……ま、おめでとう。俺からしたら絶滅危惧種に近い夫婦だけど」

彼の言葉を受け、宗一さんと顔を見合せて笑った。

本当に、こんな普通じゃない夫婦はどこを捜してもいないだろう。人にはない力を持って生まれた俺達は、これからも力を隠して生きていく。


「じゃあ、私達はこのまま会社に行く。白希は?」

「あ、俺も用事があるので……夜になる前には帰ります。お二人とも、お気をつけて」


お辞儀すると、雅冬さんは心配そうに眉を下げて笑った。

「初めて会った時はひとりで外を歩かせられないと思ったのに、早くも大人になったみたいで感慨深いな」

「本当にね。……白希、気をつけてね。変な人についてったら駄目だよ」

「あはは。はい!」

二人と別れ、役所を出る。太陽は今日もカンカン照りだ。


また世界ががらりと変わった。

俺の世界だった人と、家族になった。


人生何が起きるか分からない。

人に迷惑をかけるだけだった俺が、新しい居場所を手に入れ、大切な人と生きることになった。


上手く言葉にできないけど、この場で叫びたいぐらい嬉しい。


通り過ぎる人達を横目に、少し軽い足取りで先を歩いた。



「お。白希、こっちこっち」

その日の昼過ぎ、白希は駅ビル前の広場に来ていた。待ち合わせをしていた相手は白希の姿を認めると、背伸びして手招きした。

「文樹さん。おつかれさまです」

「おつかれ。婚姻届出してきたの?」

「はい!」

「わ、じゃあマジで奥さんじゃん。いや、旦那? 分からないけど、おめでとう」

勇気を振り絞り、彼には結婚相手が同性だということを話しておいた。やっぱり驚いていたけど、良いじゃんと笑って受け入れてくれた。彼も本当におおらかで優しい青年だ。

「あは……、ありがとうございます」

祝福の言葉をくれたのは、カフェで話した日以来の文樹さんだ。今日は大学は昼までで、午後は時間が空いてるから遊ばないかと誘われた。


文樹さんは同い年だけど物事を達観していて、人生経験が豊富そうだ。

内心感心してると、急に頬をつつかれた。

「どした、ぼーっとして。転ぶなよ?」

「は、はい。すみません」

「いいけど……そういや何で敬語? タメなんだし、普通に喋れば」

「すみません、癖みたいなもので」

不安にさせない程度に、身の上のことを話した。仕来りに厳しい家だった為どうしても所作を気にしてしまうこと。新しいものを避ける村だった為、最新のものにはとことん疎いこと。


宗一さんとは、同じ村の出身で知り合いだった為、何度も会ううちに恋仲になった、ということにした。

「へ~。それで、村から飛び出してきたんだ。すご、何かドラマみたい」

「何もすごくないですよ。俺は何もしてませんし……助けてもらってばかりなので、彼には恩返しもしたいんです」

微笑んで返すと、彼は少し目を丸くし、それから首を傾げた。


「やっぱり、お前ってちょっと変わってるな。あ、褒めてんだよ。なんつうか、あまりいないタイプ」

「俺もそう思います」


頷いていると、今度は額をぐりぐり押された。

「もっと堂々としろよ。お前の人生なんだから、俺ってすごいだろ、ぐらいに思っていーんだよ」

「ええっ。それは難しいです。俺は得意なことなんて何もないし」

「高収入の旦那手に入れてる時点で勝ち組だよ! 俺なんてこれから就活しなきゃいけないんだぜ?」

彼の話を聴いていて思ったのは、大学生は本当に大変なんだということ。


「何もお力になれず心苦しいんですけど、夜はちゃんと寝てくださいね。俺も毎日死にたいと思ってたんですけど、寝る時間だけはあったから今日まで生き永らえることができたんです」

「お、おう、ありがと。何かお前も大変なんだな……」


その後は初めてのゲーセンやボウリングに連れて行ってもらった。正直全て惨敗というか、何一つちゃんとできなかったけど、文樹さんは優しく笑ってくれた。

「マジでこういうの初めてなんだ? 何か逆に教え甲斐があっていいよ。次はカラオケ行こ! おすすめの歌教えてやるから」

同年代の体力についてけない。服を見たり、アクセサリーを見たりもしたけど、とにかく移動が大変だ。


カラオケではとにかく聞き手に徹し、タンバリンとマラカスでリズムをとった。

「歌聞かないわりにリズム感良いじゃん」

「あ、琴とお囃子の篠笛はちょっとやっていたので……」

「へえ……。そうだ、じゃあ最後にもう一個行こう!」

ひええ。まだ行くのか。

でも楽しそうな彼にノーと言う気にもなれず、産まれたての小鹿のような足取りでついていった。

連れられたのは、駅から五分ほどの商業ビル。そこの五階に、何とも魅力的なお店が入っていた。

「俺のバイト先。どう? 和楽器と違うけど、面白そうなのいっぱいあるだろ?」

「うわああ……はい! すごい……!」

入り口からたくさんの電子ピアノが並んでいる。アコギやエレキギターが壁にディスプレイされ、ショーケースには美しい管楽器が飾られていた。

楽器屋というのは初めて来たけど、興奮間違いなしの素晴らしい世界だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る