第26話



会いたくて仕方ないなんて、まるで実家にいたときみたいだ。


「白希。もっともっと私を求めて。その倍以上、私は君にもらった愛を返すから」

「え?」


何のことか分からず、慎重に顔を上げる。

だが言葉ではなく、優しい眼差しを向けられるだけだった。

「あ」

その表情の理由を尋ねようとしたけど、部屋の外からなにかの音楽が流れてることに気付いた。

「ごめん、電話だ。ここで休んでいて」

去り際に頭を撫で、宗一は廊下へと出て行った。


休むにしても、ここは宗一の寝室だ。長居すべきじゃない。

そう思うのに……白いシーツからは彼の香りが漂った気がして、無意識に身を屈めた。


未だに不思議だ。村の誰からも褒められ、信頼された宗一さんといるなんて。


そうだ、忘れはしない。

“私”はいつだって彼と比べられた────。


心の中に巣食う黒い根。普段は布を被せて隠しているのに、あらわになった。息苦しさを覚えて俯くと、家中にインターホンが響いた。

「……はい。どちら様ですか?」

部屋の外で、宗一さんが誰かと通話してる声が聞こえた。もしかして電話の相手だったんだろうか。


ちょうど宗一の寝室が廊下側に面してる為、窓をそっと窺う。

会社の人……は、こんな時間に自宅に来たりしないか。ベッドから離れて、ドアの方へ行こうとした。その時。


カッ、カッ、という固いものが擦れる音が聞こえた。


足が上がりきらないから地面に引き摺るような。石畳を渡る、下駄の音。


視界に靄がかかる。夜明け前の白んだ空の下、深い山へ連れて行かれそうになった時の……あの焦燥が蘇った。


行きたくない。お願い。


『それなら早く、力を使いこなせるようになれ』


嫌だ。


怖い。思い浮かぶのは孤独、飢え、寒さ、その先にある闇。


死。


死にたくない。死ぬのが怖い。

一番死を意識する歳だった。“死”というものを頭でしっかり認識した時期だったんだろう。何でもするから許して、と泣いて懇願した。


結果的に山には入らなくて済んだけど、そこから屋敷に籠る日々が始まったんだ。


下駄で歩く音が一歩ずつ近付いてくる。地響きのような大きな音が傍で聞こえたとき、心が波打った。



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